「自分は破壊し続け、次の創造や維持は秀吉たちに任せる」
――信長の生き方や考え方で共感できる部分、逆に「これはないだろう」と思う部分はありますか?
「やりすぎなところがいっぱいあるので、現代を生きている自分からすると理解できないことの方が圧倒的に多いです。ただ、なぜ信長がここまで人々を魅了するのについて池松君と話したとき、神〈GOD〉の語源は『ジェネレート(創造=G)、オペレート(維持=O)、デストロイ(破壊=D)』だという説があると聞いて。信長みたいな破壊神がいて、創造する秀吉がいて、維持していく徳川家康がいる。その中でも、実は破壊神が一番人気があるんですよね。人間って、自分ができないことをやっている人に魅力を感じてしまうのかなと。先ほども言ったように、彼は『破壊神』であることを決めた人だと思っています。自分は破壊し続けるから、次の創造や維持は秀吉たちに任せるという気持ちだったのではないでしょうか。目指していたはずの新しい世から、現実が離れていきそうな時に、軌道修正してくれるのが秀吉で、自分がいなくなっても彼ならもう一度夢を見せてくれるんじゃないかと思っていた。そういった選択をするところは、共感できます」
――従来の信長像と違った魅力を感じるのはどんな部分ですか?
「視聴者の方からは『すごく人間味のある信長になっている』と言っていただくことが多いです。自分としては、今回の信長は『織田信長を演じてきた人』だと思っています。元々はそうじゃなかったのに、織田が勢力を拡大していくなかで『こうでなければいけない』という姿を自分で作り出してしまった。最初の頃、妹の市(宮﨑あおい)と話す時はリラックスしていたのに、後半になるにつれて市といる時すら緊張感を持たなければいけなくなった。気がついたら一番リラックスしてしゃべれるのが秀吉だった、というところにたどり着けたのは、小一郎と秀吉をしっかり描いているこの作品だからこそできたことかなと思います」
――信長を演じるという体験を通して、人生観などで変化したことはありますか?
「信長を演じたからというよりは、太賀君と池松君の存在が大きいです。彼らの真摯な姿勢や、フィクションの世界に真っすぐに向き合っている2人とお芝居ができたことで、改めて自分も『演じる』ということに向き合おうという気持ちを抱かせていただいたのは本当に財産です。信長という存在も、大きな葛藤や迷いの中で生きている、僕らと何も変わらない人間であり、ちょっと偉大になりすぎてしまっただけなんだと感じることができました」
(つづく)
※後編は7月12日放送の第27回「本能寺の変」放送後に掲載します。

