母の、ぽつりとした告白
転機があったのは、自分が親になってからのことです。
子どもを連れて実家に帰ったある日、母と二人でお茶を飲んでいました。
孫の様子を目を細めて見ていた母が、ふと遠くを見るような顔になって、静かに口を開きました。
「正直に言うとね……あなたが小さいとき、かわいいって思う余裕がなかったんだよね」
一瞬、言葉を失いました。
母が続けます。
初めての育児で何が正解かわからず、毎日が必死だったこと。
余裕をなくして細かいことを気にして、怒ってばかりいた気がすること。
Bが生まれた頃にはようやく肩の力が抜けて、少しずつ育児を楽しめるようになっていたこと。
「だから、Bの方がかわいいって感じる場面が多かったと思う。あなたには申し訳なかったと、ずっと思ってたのよ」
静かな声でした。
長い沈黙の後、私はただ「……うん」とだけ返しました。
傷つきながら、腑に落ちた
傷つかなかったといえば嘘です。
やっぱりそうだったのか、という気持ちもありました。
子どもの頃に感じていた「なんとなく」が、気のせいではなかったと確認してしまった感覚。
でも不思議なことに、怒りはありませんでした。
自分も親になっていたからだと思います。
初めての育児がどれほど必死なものか、余裕をなくすとどれだけ笑顔が減るか、身をもって知っていました。
あの頃の母と、今の自分が重なりました。
愛情がなかったわけじゃない。
ただ、余裕がなかっただけだ——そう思ったら、すとんと腑に落ちたのです。
母も、完璧な人間ではなかった。
それだけのことでした。

