もし電話一本で判定が覆るのなら
フェアプレーの基本の一つに、「対戦相手を尊重し、その国が持ちうる最も能力の高いプレーヤーをそろえ、全力で試合に臨むこと」という考え方があります。この理念は、Jリーグの規約にも明記されています。
「ベストのプレーヤー同士が戦ってこそ、真の勝敗が決まる」。
第27条による執行猶予は、表向き、この理念を“根拠”にできてしまいます。だからこそ、危ういのです。
まさに今回のトランプ大統領による電話要請は、この懸念が現実になった瞬間でした。例えば、ある国の元首がFIFA会長に「うちのエースの出場停止を猶予してほしい」と依頼した際、会長がそれを断れば、「ベストメンバーで戦うべきというフェアプレーの理念に反する」と言い訳されてしまいます。そのため、各国からの依頼を、FIFAは断れなくなってしまいます。
そうなれば、ワールドカップの勝敗を分けるのは、ピッチ上の闘いではありません。FIFA会長と、各国元首の“親密度”です。プレーヤーのパフォーマンスに政治力が介入し、それはもう、スポーツではなくなります。
そして残念ながら、これはもはや机上の空論ではありません。今回のバログン選手の一件でも、アメリカ側からFIFA会長に処分の再検討を求める働きかけがあったと複数のメディアが報じ、欧州サッカー連盟(UEFA)は「レッドラインを越えた」と声明を出しています。“もしも”は、すでに始まっているのです。
子どもがまねをしても許されるか
もう1つ、フェアプレーを考えるときの試金石があります。それは2010年の南アフリカ大会・準々決勝、ウルグアイ対ガーナ戦です。
この試合でガーナのドミニク・アディヤ選手が、無人のゴールへ決定的なヘディングシュートを放ちました。決まればガーナの劇的勝利という場面で、ゴールライン上のルイス・スアレス選手が、まるでゴールキーパーのように両手でボールを弾き出しました。意図的なハンドです。
スアレスには即レッドカード、ガーナにはPK。ルールは厳格に適用されました。しかし、退場を覚悟の上で、ゴールキーパー以外のプレーヤーが手でシュートを止めるという、この“賢い反則”を、世界中のサッカー少年少女がまねしたら、サッカーはどうなるでしょうか。この試合でルールは守られましたが、フェアプレーの精神は守られたのでしょうか。
同じ問いを、「執行猶予」にも向けなければなりません。「有力者が働きかければ、退場処分も猶予される」。それを子どもたちが学んでしまったとき、僕らは何を失うのでしょう。
