人間も冬眠できる時代に? 救急医療や老化現象まで変える“人工冬眠”研究の最前線を睡眠の専門家が解説

人間も冬眠できる時代に? 救急医療や老化現象まで変える“人工冬眠”研究の最前線を睡眠の専門家が解説

「人間も冬眠できるようになるかもしれない」と聞くと、まるでSFのように感じるかもしれません。しかし今、その発想が救急医療や老化研究、さらには宇宙探査の未来を変える可能性があるとして注目されています。もし体の代謝を一時的に大きく落とし、命をつなぐための時間を確保できれば、これまで助けるのが難しいとされた病気や怪我の場面にも新たな道が拓けるかもしれません。今回は「人工冬眠」研究の最前線について、筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構の櫻井武先生が、堀江貴文氏との対談を通して詳しく解説します。

櫻井先生

先生プロフィール:
櫻井 武(医学博士筑波大学 医学医療系/国際統合睡眠医科学研究機構 副機構長)

筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構(IIIS)副機構長。専門は睡眠医科学・神経科学。視床下部に存在する神経細胞「Qニューロン」を同定し、これを人工的に刺激することで冬眠しない動物に冬眠様状態(QIH:Quiescence-Induced Hibernation)を誘導することに世界で初めて成功。救急医療・老化抑制・抗腫瘍効果・宇宙探査への応用を視野に入れ研究を展開している。著書に『眠りと冬眠の科学』など。

堀江氏

堀江 貴文(実業家/一般社団法人予防医療普及協会 理事)

福岡県出身。実業家、著作家、投資家、タレント。東京大学在学中にライブドアの前身となるオン・ザ・エッヂを設立し、IT企業として急成長させる。プロ野球球団買収やニッポン放送への敵対的買収など、その型破りな手法で世間の注目を集めた。現在は予防医療普及協会理事を務め、医療業界にも携わるほか、ロケット開発を行うインターステラテクノロジズのファウンダー、会員制オンラインサロン「堀江貴文イノベーション大学校(HIU)」の主宰、SNS media&consulting株式会社のファウンダーなど、宇宙事業、飲食業、メディア事業など多岐にわたる分野で活動している。

「冬眠」とは何か? 変温動物と恒温動物の違いから紐解く

編集部

「冬眠」という言葉はよく耳にします。生物学的にはどのような現象を指すのでしょうか?

櫻井先生

一口に「冬眠」といっても、その現象は動物の種類によってまったく異なります。カエルやヘビのような変温動物(へんおんどうぶつ)が冬場に動かなくなるのは「ブルメーション」と呼ばれる状態で、外気温の低下に伴って体温も下がり、活動性が低下します。これに対して、クマやジリスのような哺乳類は自分で熱を作れる恒温動物(こうおんどうぶつ)です。哺乳類が冬場に代謝を大きく落として過ごす状態を「ハイバネーション」と呼び、これが本来の意味での冬眠です。日本語では両方まとめて「冬眠」と呼んでいますが、英語では区別されています。

編集部

哺乳類が冬眠する理由についてどのような見解が持たれていますか?

櫻井先生

恒温性を持つことには、冬場でも活動しやすく、高緯度の地域にも生息できるという利点があります。一方で、その代償として多くのエネルギーを必要とします。体温は約37℃ですから、常に外気へ熱が逃げていきます。そこで一部の哺乳類は、食べ物が乏しい冬の間、このエネルギーコストを大幅に下げる「冬眠」という戦略をとります。例えばジリスは9月後半~3月頃まで冬眠し、この期間の体温は約4℃まで下がります。心拍数は1分間に2回程度まで落ち、代謝は通常の数十分の一になります。ただし、ずっと眠り続けているわけではなく、10日に1回程度、1日間ほど目を覚ます「中途覚醒」という現象も知られています。

編集部

全ての哺乳類が冬眠できる可能性を持っているのでしょうか?

櫻井先生

現在は、その可能性があると考えられています。哺乳類のあらゆるグループに冬眠できる種が存在することから、冬眠は「特殊な能力を新たに獲得したもの」というより、「哺乳類の共通祖先がもともと持っていた性質が、現在も表れているかどうか」の違いだと考えられています。そして哺乳類の共通祖先は変温動物でした。恒温性を後から獲得したわけですから、体温制御機構に少し操作を加えることで冬眠様状態を作れるのではないかという発想につながります。

未知の神経細胞「Qニューロン」の発見と人工冬眠誘導の仕組み

編集部

先生が発見した「Qニューロン」とはどのような神経細胞なのでしょうか?

櫻井先生

私は体温や食欲、ホルモン分泌などを調節する脳の視床下部に約800個の未知の神経細胞が存在することを発見し、この神経細胞を「Qニューロン」と名付けました。「クワイエッセンス(休止)」のQ、私たちが発現を確認した神経ペプチド「QRFP」のQ、そして「休眠」のQをかけた名前です。Qニューロンを人工的に興奮させると、本来冬眠しないマウスが冬眠様状態になることがわかりました。この状態を「人工冬眠誘導(Quiescence-Induced Hibernation;QIH)」と呼んでいます。

編集部

QIH中のマウスはどのような状態になるのですか?

櫻井先生

心拍数が急速に落ちて、代謝全体がスローモーションになります。体温も次第に下がり、外気温と同程度まで低下します。面白いのは、最初に心拍数が下がり、体温は遅れて下がるという点です。これは体温が下がったから心臓の機能が落ちたのではなく、全身の機能を積極的にスローダウンさせているということを意味します。
また、尻尾の血管が拡張して体熱を積極的に放熱する現象も起こります。これはセットポイント(体温の目標値)が変わっているためで、麻酔とは根本的に異なる状態です。

編集部

麻酔との違いは具体的にどのような点にあるのでしょうか?

櫻井先生

麻酔をかけると体温制御機構が止まってしまうので、外気温の低下に伴い体温も下がり続けてしまい、大変危険です。ところがQIHでは、体温が低下した状態でも恒常性が保たれます。例えば外気温が12℃であれば丸まって熱を逃がさないようにして、おおよそ20℃程度の体温を保とうとします。この状態は非常に安全で、何度繰り返しても問題なく、1年以上保つことも可能です。
さらに最近の研究では、冬眠動物であるハムスターのQニューロンを含む神経細胞集団を除去すると冬眠できなくなることがわかりました。私たちが同定したQニューロンは、本来の冬眠動物が冬眠する際にも実際に使われていることが示唆されています。

配信元: Medical DOC

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