人工冬眠のヒトへの応用はいつ実現? 宇宙探査にも有益な可能性
堀江氏
早く冬眠したいですね。人間への応用のボトルネックになっているのは何ですか?
櫻井先生
マウスやラットでは遺伝子操作やウイルスベクターでQニューロンを刺激できますが、ヒトで同じ方法をそのまま行うことは容易ではありません。最終的には、Qニューロンを安全に制御できる薬剤の開発が必要になります。一般的に薬の開発には長い年月を要するため、そこが大きなボトルネックになっています。
堀江氏
AIなどを活用してショートカットできないですか?
櫻井先生
Qニューロンが持つ分子標的が特定できれば、AIを用いて候補物質の探索を加速できる可能性はあると考えています。実際、Qニューロンに特異的に発現している遺伝子の調査をすでに開始しており、マウスに投与すると低体温を誘導できる「候補物質」を特定する段階まで来ています。ただし、現時点ではかゆみなどの副作用が確認されており、より特異性の高い別の標的分子を探索している最中です。
堀江氏
前回お話を伺ったときより、だいぶ前進していますね。このような研究はアカデミアだけではなく、社会全体で後押ししていく必要があると思っています。私も創薬ベンチャーを立ち上げ、難治性がんをターゲットにした創薬を進めています。
櫻井先生
実はちょうど確度の高いターゲットが見えてきたので、ベンチャー企業を作る方向で動こうかと考えています。
堀江氏
創薬以外では、宇宙探査への応用も大きいのではないでしょうか。地球から火星まで往復650日かかりますから、ずっと意識があったら精神的にも大変だと思います。QIH中は大脳皮質の活動がほとんどないとおっしゃっていましたよね。
櫻井先生
はい。QIH中の脳活動は睡眠と比べてもさらに低く、ほとんどありません。宇宙での放射線被曝も、細胞分裂が抑制されている状態なら影響を受けにくい可能性が高いと考えられます。すなわち分裂中のDNAが傷つくリスクを大幅に下げられるわけです。NASA(米国航空宇宙局)やESA(欧州宇宙機関)も人工冬眠の研究はしているものの、まだ体を外から冷やすアプローチが中心です。私たちのアプローチは根本的に異なります。2年以内にISS(国際宇宙ステーション)でマウスのQIH実験を行う「QIH-Low」というプロジェクトも進めており、放射線の影響や筋萎縮への効果などを調べる予定です。
堀江氏
宇宙打ち上げの頻度が増えれば、QIH実験もどんどんできるようになりますよね。私たちがロケット開発で実施していることとも直結しています。個人的には、この人工冬眠技術がなければ深い宇宙探査は実現できないと思っているので、心から早い実現を願います。資金調達とロビー活動は得意なので、ぜひお手伝いさせてください。
櫻井先生
ありがとうございます。おっしゃるとおり、大学という小さな組織では創薬のような大規模研究には限界があります。アカデミアと社会をつなぐ力が必要です。冬眠が単に眠るだけではなく、炎症を抑え、老化を遅らせ、宇宙への道を拓く可能性を社会に広く知ってもらうことが、私たちの研究の加速につながると信じています。
編集部まとめ
「人工冬眠」と聞くと遠い未来の話のように思えますが、その研究はすでに救急医療や脳の保護、老化遅延、がんの発生抑制、宇宙探査といった幅広い分野に寄与する可能性を示し始めています。なかでも、「体の代謝を下げて治療までの時間を稼ぐ」という発想は、従来の医療の常識を変えるかもしれません。ヒトへの応用にはまだ課題も残されていますが、だからこそ今後の研究の進展に注目したいところです。本記事が、医療の未来や予防医療の新たな可能性に目を向けるきっかけとなれば幸いです。
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