ゴッホは宗教を捨てきれなかった
この読み方が面白いのは、ゴッホ自身の人生とも深く関わっているからです。ゴッホは若い頃、画家ではなく宗教者として生きる道を本気で考えていました。父は牧師であり、ゴッホ自身も伝道師として炭鉱地帯で働いた経験があります。
その後、彼は制度としての宗教から距離を置き、画家として生きる道を選びます。しかし、信仰や宗教的な感情そのものが、完全に消えたわけではありませんでした。
1888年9月末頃、ゴッホは弟テオに宛てた手紙の中で、「宗教への強い欲求」を感じるから、夜に外へ出て星を描く、という意味のことを書いています。
星空を描くことは、ゴッホにとって単なる風景画制作ではなく、信仰に近い行為でもあったのです。
そう考えると、《夜のカフェテラス》の星空も、ただの背景ではありません。それは、ゴッホが夜の中に見つけた、神聖なものへのまなざしだったのかもしれません。
ゴッホが夢見た「芸術家の共同体」
さらに、この絵にはゴッホの個人的な夢も重なっています。
1888年、ゴッホはアルルで「黄色い家」を借り、そこを芸術家たちが共同生活を送る場所にしようと考えていました。彼は孤独でした。だからこそ、同じ志を持つ仲間たちと暮らし、語り合い、制作する場所を求めていたのです。
フィンセント・ファン・ゴッホ《黄色い家》1888年、ゴッホ美術館蔵, Public domain, via Wikimedia Commons.
《夜のカフェテラス》に描かれた人々を、キリストと使徒たちになぞらえるなら、それは同時に、ゴッホが夢見た「芸術家の仲間たち」の姿にも見えてきます。
食卓を囲み、光の下に集う人々。そこには、孤独な画家が求め続けた共同体の夢が、ひそかに投影されていたのではないでしょうか。
