叶わなかった晩餐
けれども、その夢は長く続きませんでした。
1888年10月、ポール・ゴーギャンはアルルに到着します。しかし、ゴッホとゴーギャンの共同生活は次第に緊張を増していきます。性格も制作姿勢も違う二人は衝突し、12月にはゴッホが耳を切る事件へとつながっていきました。
つまり、《夜のカフェテラス》に描かれたような、光の下で人々が集う穏やかな共同体は、現実には実現しなかったのです。
だからこそ、この絵は切なく見えます。ここに描かれているのは、実際にあった幸福な晩餐というより、ゴッホが心の中で夢見ていた晩餐だったのかもしれません。
「宗教画」として見ると、絵が変わる
《夜のカフェテラス》は、公式には宗教画ではありません。主題はあくまで、アルルのフォーラム広場にあったカフェの夜景です。
しかし、宗教画のように見てみると、この作品はまったく違う表情を見せます。12人前後の人物は使徒たちに、中央の白い人物はキリストに、黄色い光は聖なる光に、星空は祈りの象徴に見えてくる。
そしてカフェは、日常の場所でありながら、神聖な晩餐の場へと変わっていきます。それは、ただ街を照らす光ではありません。孤独な人間が、人とのつながりを求めて見つめた光です。
星空の下、カフェに集う人々。そこにゴッホは、叶わなかった共同体の夢を重ねたのかもしれません。
ゴッホは、教会ではなく街角のカフェに、祈りにも似た感情を描きました。聖書の物語ではなく、現実の夜の広場に、信仰のかたちを見ようとしたのかもしれません。
そう思って眺めると、《夜のカフェテラス》は、ただの美しい夜景ではなくなります。それは、ゴッホが星空の下に夢見た、もうひとつの《最後の晩餐》のようにも見えてくるのです。
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