「うつ病」は、生涯のうちに10人に1人以上がかかるともいわれる身近な病気です。近年は治療薬の選択肢が増えた一方で、患者さんの治療満足度は高いとはいえず、「症状を早く取ってほしい」「もっと話を聞いてほしい」といった声が残っています。約4年の歳月をかけて全面的に作り直された「日本うつ病診療ガイドライン2025」が、2025年12月に発表されました。同ガイドラインの内容を紹介するプレスセミナー(塩野義製薬主催)が2026年7月1日、東京都内で開かれ、作成チームのプロジェクトリーダーを務めた関西医科大学 精神神経科学講座 主任教授の加藤正樹先生が、うつ病診療の課題と新ガイドラインの狙いを解説しました。講演の概要をご紹介します。
うつ病治療の現状と課題
気分障害は精神疾患の約3割―経済的な影響も大きい
うつ病は、気分の落ち込みや意欲の低下、睡眠や食欲の乱れなどが続く病気です。加藤先生によると、日本の精神疾患の外来患者はおよそ600万人で、そのうち3割弱をうつ病や双極性障害などの気分障害が占めます。
うつ病は本人の生活だけでなく、社会にも大きな影響を及ぼします。加藤先生は、働く人が出勤していても本来の力を発揮できない状態(プレゼンティーズム)による損失に触れ、メンタルヘルス不調による経済損失は年間約7.3兆円、うつ病だけを対象にした試算でも年間2〜3兆円にのぼるとの推計を紹介しました。一見すると仕事ができているようにみえても、実際には生産性が下がっているケースが少なくないといいます。
患者さんの希望は「早い改善」と「話を聞いてもらうこと」
うつ病の治療薬は数多く開発されてきました。しかし加藤先生は、薬の開発が進んでいる割に治療満足度は低いという調査結果を示しました。
患者さんへのアンケートで多かった要望は、「早く症状を取ってほしい」「自分の病気について詳しく知りたい」「医師に症状のつらさを理解してほしい」などです。抗うつ薬は効果が表れるまでに数週間かかることがあり、その前に副作用が出る場合もあります。加藤先生は、治療がうまく進まない背景には、薬の特性に加えて、医師と患者さんのコミュニケーション不足も関わっていると指摘しました。
ゼロから作り直した診療ガイドライン
「エビデンス重視」で刷新
こうした課題を受けて、日本うつ病学会は診療の質の底上げを目指し、「日本うつ病診療ガイドライン2025」を約4年かけて作成しました。
加藤先生によると、従来のガイドラインは専門家の考えや経験を中心にまとめる作り方が主でした。今回は、科学的な根拠(エビデンス)を重視する国際的な手法に沿って全面的に見直し、追記を重ねたこれまでの形をいったん白紙に戻し、ゼロから作り直したといいます。
診療の「地図」として使うガイドラインへ
もう一つの変更点は、ガイドラインの位置づけです。加藤先生は、書いてある通りに当てはめるためのものではなく、目の前の患者さんに合う治療を考えるための「地図」として使ってほしいと説明しました。
新しいガイドラインでは、症状の重さや年代(児童思春期・周産期・老年期など)、症状のタイプごとに治療の考え方を整理しています。さらに、症状が落ち着いた後に再発を防ぐ「維持期」の治療や、最初の治療でうまくいかない場合の対応も体系的に示されています。

