1983年7月15日に発売された任天堂の「ファミリーコンピュータ(ファミコン)」が、発売から43周年を迎えた。
発売当時の価格は1万4800円。優れたグラフィック描写や操作性の高さ、そして手頃な価格設定が相まって、ファミコンは社会現象となった。数々の名作シリーズを生み出し、家庭用ゲームの文化を根付かせた金字塔的なハードとして、今なお多くのゲームファンから親しまれている。
X上では、この記念日を祝福する投稿が相次いだ。『星のカービィ』や『大乱闘スマッシュブラザーズ』で知られるゲームクリエイターの桜井政博氏は、
「ファミコン43周年、おめでとうございます! ファミコン以前にも以後にも多くのゲーム機が登場したけれど、ゲーム制作者としてもっとも大きな影響を与えられた機種であることは間違いないですね…」
とコメント。多種多様なゲーム機が登場してきたなかでも、ファミコンは自身の中で別格の地位にあるとの感慨を語った。
一方で、43年という歳月が経過した現在、一般ユーザーのファミコンに対するそれぞれの印象や「原体験」は、世代ごとに大きく異なってもいるようだ。
リアルタイムの熱狂、ファミコンは「宝物」だった
1980年代を子供として過ごした「直撃世代」にとって、ファミコンは成長過程そのものであり、人生の糧として機能してきた存在だ。今もなお現役で使用し続ける愛好家も少なくない。
「7歳の時、すごく欲しくて親にめちゃくちゃお願いして買ってもらったあの時のファミコンは宝物。50歳になった現在も現役稼働中。もうここまで来たら一生を共にすると思います」
「初めて触れたゲームが、親戚から譲ってもらったファミコンだった。マリオ3とか、桃鉄とか、弟と色々遊んだなあ」
「小学校5年生の正月に買ってもらって以来、やらない日はないくらいだった。親にファミコン隠された時期もあったなw」
「近所の従兄弟が持ってて遊ばせてもらった時は本当に凄いって思った…だって家でゲーム出来るんだもん。その後、誕生日にエキサイトバイクと本体買ってもらってからは毎日ずっと遊んだよ…その時には丸ボタンになってたな〜」
「よく友達とソフト交換して遊んだりしましたね!! 『ドラクエIII』を友達から借りて冒険の書を消してしまった方はいらっしゃいませんか?」
と、当時の生活の中心にあった熱気や、友達同士の生々しい貸し借りの記憶、そして今なお現役で動かし続けるほどの強い愛着が、時を経てもなお色褪せない様子がうかがえる。
「おじいちゃんの家にあった」間接体験の世代
一方で、当時のブームを直接体験していない世代にとって、ファミコンは「実家や祖父母宅に置かれていた懐かしいゲーム機」という文脈で語られることも多い。限られた環境下でのゲーム体験が、独特な思い出として記憶されている。
「私はゲームボーイから遊んでてファミコンは母方のおじいちゃんの家に行った時に少しやらせてもらう程度でしたね」
「ファミコン、懐かしいですねー。祖母の家にあった唯一のゲーム機でした…!」
「おじいちゃんの家にファミコンがあって マリオとアイスクライマーは遊んだことある。昔のゲームって謎に難易度高くて おもしろかった記憶があります」
「子どもの頃、祖父母宅のファミコンでよくテトリスで遊んでいました。というかソフトがテトリスオンリーでそれをするしかなかったのですが、不思議なもので、まったく飽きずに遊んでいました」
「ファミコンの思い出は、祖母の家に遊びに行くと祖母がドクターマリオずっとプレイしていたことです」
と、「ソフトが『テトリス』だけ」という制約や、現代のゲームとは違う容赦のない難易度、あるいは自ら熱中していた祖母の姿など、どこか牧歌的なゲーム体験が、温かい「家族の記憶」としてパッケージされているのが特徴的だ。

