「色が聴こえる」? カンディンスキーが持っていた特別な感覚
愛猫ヴァスカと写るワシリー・カンディンスキー(1910年代頃)。, Public domain, via Wikimedia Commons.
ここで種明かしをさせてください。
シェーンベルクの演奏会で彼がつかんだのは、「絵にもできるはずだ」という手応えでした。ただし色と楽器を結びつける感覚は、ずっと以前から彼の中にありました。カンディンスキーはもともと、音を聞くと色が見えたのです。
これは「共感覚」と呼ばれています。一つの感覚への刺激が、別の感覚まで一緒に動く。音を聞くと色が浮かぶ。文字や数字に色がついて見える。
そのような感覚を持つ人が稀に存在し、本人にとっては当たり前の感覚なのだそうです。カンディンスキーにも、その兆候は画家になるずっと前から現れていました。
1896年、モスクワ。法律と経済を学んでいたカンディンスキーは、ワーグナーの歌劇《ローエングリン》を聴き、画家になることを決意します。
彼はこう書き残しています。
「色という色が、目の前にありありと立ち上がってきた。荒々しい、ほとんど狂ったような線が、目の前に描かれていった」
ワーグナーの歌劇《ローエングリン》(1850年初演)。1896年、モスクワでこの楽劇を聴いたことが、カンディンスキーに画家への道を選ばせた。
絵の具をパレットで混ぜると、かすかな音が聞こえたとも語っています。そのため「黄色はトランペット」も、あとから考えて作ったルールではなく、最初から彼にはそう見えていたのです。
私たちには色の集まりに見える画面が、彼には音の鳴る世界として立ち上がっていたのでしょう。
あとは、聴くように見るだけ
音楽を聴くとき、私たちは「この旋律は何を意味しているんだろう」とはあまり考えません。メロディの流れ、和音の重なり、リズムの変化をそのまま受け取ります。
カンディンスキーの絵も、同じ目線で楽しむことができます。
「何が描いてあるか」ではなく「何が鳴っているか」。
次にカンディンスキーの絵を見る機会があったら、まず題名を確かめてみてください。《コンポジション》なのか、《インプロヴィゼーション》なのか。その題名は目の前にある一枚の「聴き方」を、そっと教えてくれます。
