第5章 1グラムに貝殻8500個。権力の色「チリアン・パープル」
Tunisian Purple, Public domain, via Wikimedia Commons.
最後に紹介するのは、「染料」と「顔料」の違いが鮮明に出る素材の話です。
「チリアン・パープル(Tyrian Purple)」は厳密には染料であり、そのままでは絵の具として使えません。布や糸に直接染み込ませるものなので、絵の具にするには「レーキ顔料(染料を白い粉状の基材に染着させて固体化したもの)」に加工する必要がありました。ただし、この色の歴史と製法は、絵の具・顔料の世界と切り離せない深いつながりを持っています。
「チリアン・パープル」あるいは「ロイヤル・パープル」と呼ばれるこの色は、古代フェニキア(現在のレバノン周辺)の都市ティルスで、紀元前16世紀頃から作られていたと考えられています。その原材料は、地中海に生息する巻き貝、ムレックス(Murex)の仲間が分泌する粘液でした。
ムレックス貝, Public domain, via Wikimedia Commons.
1グラムの顔料を作るために必要な貝の数は、推定で8500個以上。プリニウス(1世紀のローマの博物学者)は「1オンス(約28グラム)の紫の染料を作るのに、何千もの貝が必要だ」と記しています。貝の殻を砕いて粘液腺を取り出し、塩水に漬けて太陽のもとに置き、10日かけてゆっくりと煮詰めます。その工程は非常に手間がかかり、しかも相当な悪臭を放つものでした。
この色がいかに高価だったかを示す記録があります。西暦301年のローマ皇帝令では、1ポンド(約450グラム)の紫染料の価格が15万デナリウスに定められています。これは当時の金約3ポンド相当、あるいはローマ兵の年収半分に相当する価格でした。
権力との結びつきは非常に強く、ローマ皇帝だけが全身を紫のマントで包む権利を持ち、元老院議員はトーガに紫の縞を入れることが認められていました。しかし、ローマの法律の贅沢禁止法は、一般市民が紫の衣服を身につけることを明示的に禁じていたのです。
歴史家スエトニウスによれば、カリグラ帝はモーリタニア王プトレマイオスが紫のマントを身に着けて訪問したことを、皇帝の座を狙う証拠と解釈し、処刑したとされています。
絵具としてのチリアン・パープルは、写本や壁画にも使用された記録はありますが、染料としての用途が圧倒的に多かったとされています。現代ではその製造法は廃れており、合成染料で代替されていますが、チュニジアをはじめ地中海沿岸の一部の職人が、今も伝統的な方法でムレックスから紫を再現しようとしています。
まとめ
これだけ並べてみると、絵の具の歴史がいかに人間の創意工夫と、時に倫理的な問題を抱えてきたかがよく分かります。
ミイラを砕いて茶色を作り、牛を酷使して黄色を作り、鉛という毒物を白として使い続け、竜の血と信じていた樹脂で赤を表現し、貝に命をかけて権力の紫を作った。名画と呼ばれる作品の背後には、こうした素材の歴史が必ず存在しています。
現代の絵の具は、合成顔料の発展によって安全性や安定性が格段に向上しました。しかし、その出発点となった素材の多様さと時にグロテスクな豊かさは、絵画を鑑賞するときにもう一枚の見えない層として存在しています。美術館でどこかの絵を見るとき、「この赤はいったい何でできているのだろう」と想像してみるのも、ひとつの楽しみ方かもしれません。
