「印刷」と聞いて、何を思い浮かべますか。情報を伝えるための技術、そう捉えている方も多いかもしれません。
『ひらく、めくる、めぐる―印刷博物館の美しい印刷』展示室風景
千葉県立美術館で開催中の『ひらく、めくる、めぐる―印刷博物館の美しい印刷』では、知識や情報を届けるだけでなく、「美をまとう存在」として印刷を見つめ直し、その魅力に迫っています。今回は見どころをご紹介します。
ヨーロッパの活版印刷術の黎明、その足跡をたどる
『ニュルンベルク年代記』 ハルトマン・シェーデル 著 ミヒャエル・ヴォールゲムート&ヴィルヘルム・プライデンヴルフ 画 1493年7月12日 印刷博物館蔵
まず第1章では、16世紀までにヨーロッパ中へ広がった金属活版印刷術の足跡がわかる書物を展示。精緻な図版印刷を可能とした銅版印刷、そして活字書体やタイポグラフィの歴史を語る上で欠かせない重要な書物が並んでいます。
なかでも目を引くのが、640点以上もの木版画が収められた『ニュルンベルク年代記』です。世界の歴史や地理について記したこの書物には、一部に若きデューラーが挿絵を手がけた可能性も指摘されています。文字だけでは伝わりにくい内容も、挿絵があることでぐっと理解が深まりますが、こうした版画も印刷技術の発達によって一層普及していきました。
『神曲(ダンテの三韻句法)』 ダンテ・アリギエーリ 著 1502年 印刷博物館蔵
一方、小ぶりで地味な印象すら受ける『神曲(ダンテの三韻句法)』は、書体にこそ注目したい一冊。イタリアの詩人、ダンテ・アリギエーリの著した世界文学屈指の韻文作品ですが、ここに記されているのはまだ開発されて間もないイタリック体です。小さなスペースに多くの文字を収められるイタリック体は、持ち運びやすい文庫本サイズとして人気を集めました。
19世紀イギリス、プライベート・プレスの美学
『チョーサー著作集』 ジェフリー・チョーサー 著 1896年 印刷博物館蔵
会場を進んで19世紀の書物が並ぶコーナーに入ると、やや雰囲気が変わっていきます。あえて大量生産をよしとせず、文字やレイアウトに徹底してこだわり抜く「プライベート・プレス」が、特にイギリスで大きく花開きました。
その草分け的存在と言えるのが、『チョーサー著作集』です。ウィリアム・モリスが主宰した版元から出版された一冊で、チョーサー活字と呼ばれるオリジナルのフォントが用いられています。見開き一面に広がる草花の細密な模様も、思わず見入ってしまうほど優美ではないでしょうか。
『失楽園』 ジョン・ミルトン 著 1902年 印刷博物館蔵
ところがほぼ同時代の『失楽園』に目を移すと、驚くことに挿絵が一つもありません。これはカリグラフィとタイポグラフィそのものを重視した結果。一口に「美しい書物」と言っても、それぞれの版元で個性が分かれていることに気がつきます。
