取材記事シリーズに舵を切って、航路は一路西向きに。今回お話をうかがったのは、福岡市中央区は六本松で猫の本とアイテムだけを扱う猫専門書店「書肆 吾輩堂」を営む、店主の大久保京さん(写真中央)です。吾輩堂さんは2013年のオンラインにて開業した際、「最初に問い合わせが来たメディアが猫ジャーナルだった」とのことで、それ以来のお付き合いをさせていただいております。前回vol.05にご登場いただいた作家・井上奈奈さんの展覧会を2度開催されているご縁もあり、今回は勝手ながらリレーのバトンを受け取っていただく形で、取材を行いました。
Google Meetでの取材タイムは、互いの猫を見せ合うところから始まりました。吾輩堂二代目店長(写真左)・もじゃはもうすぐ20歳、我が家の2匹の三毛猫記者たちも今年19歳。つれない猫たちの顔見せを終えたところで、猫本ひとすじに歩まれた、吾輩堂の道のりについてたっぷりと話をうかがいました。ちなみに写真右の猫・飛梅太くんについては記事の後半で。
「浮世絵の猫」に対する疑問が、吾輩堂開店のきっかけ
−−吾輩堂さんの開業前のお話を、時系列で伺ったことがなかったなと思いまして。猫本屋の開店以前は何をされていたのでしょうか。
大久保:以前はアートNPOの学芸員として、美術展覧会の企画やキュレーションの仕事をしていました。その前職は北九州市立美術館に勤める学芸員でした。
−−学芸員として担当されていたジャンルは、何だったのでしょうか。
大久保:現代美術ですね。とはいえ、美術館時代は現代美術だけじゃなくて、浮世絵などもやっていました。学芸員の仕事には展覧会の企画のほかに、収蔵品の図録の編集もあるんですね。勤務していた美術館は1000点以上もある浮世絵コレクションが有名で、その図録を作る際に所蔵品の浮世絵を全部調べたことがありました。そのとき「どうしてこんなに浮世絵には猫がいるんだろう」っていう疑問が生まれました。その疑問が吾輩堂の始まりでした。1993年ぐらいのことです。
−−吾輩堂さんのロゴも、歌川国芳の描いた猫ですよね。
大久保:はい。そして私が初めて猫を飼ったのも、同じく1993年でした。猫を飼い始めたら、猫に関する本をたくさん読みたくなりました。でも当時はまだインターネットもありません。猫の本を探すには図書館へ行くか、本屋に行くかしかなかった。だから効率よくたくさん読みたくて、「猫だけの本を扱った本屋があったらいいな」。そう思ったのが最初です。
−−「猫本専門書店」は、まさにご自分が欲しかったものなんですね。
大久保:そうそう。ただその頃は美術館に勤めていましたし、猫だけの本屋なんてあまりにも荒唐無稽で、実現できるとは思えなかった。「あったらいいな」と思ったまま、しまい込んでいました。
−−ちなみに、そもそも学芸員になられた経緯についてもうかがえますか。
大久保:大学在学中に博物館学芸員課程ができて、美術も歴史も好きだったので単位を取って資格も取りました。でも美術館の採用って本当に少ないでしょう。最初は無理だと思って、東京の旅行会社に就職したんです。旅行も大好きだったから。
それでツアー添乗員として海外に行くと、必ず美術館がコースに入ってますよね。行くたびにやっぱり美術館っていいなと思って、恩師に相談したら、ちょうど北九州市立美術館で学芸員を募集していると教えてもらえて。すごいタイミングでした。すぐに応募して、東京から福岡へ帰ってきました。
「猫本だけで食えるわけがない」と言われて、燃えた

おなじみ吾輩堂のトップページ。開業以来、このデザインです。
−−そこから吾輩堂開業へと至った転機は何だったのでしょうか。
大久保:NPO時代、博多から北九州に通っていたんです。距離でいうと東京と新横浜くらい。うちは子どもが2人いて、小学校って親が参加する行事がいっぱいあるじゃないですか。運動会だ、保護者会だと。仕事は好きだったんですけど、体力的にもう限界が来て、通えないと思ったんです。やっぱり博多で仕事をしよう、と。そこで思い出しました。「そうだ、私は猫の本屋がしたかったんだ」って。
−−1993年に思い描いた「あったらいいな」から、20年弱の時を経てのことだったのですね。
大久保:アートNPOの仕事を辞めたのが2010年の12月。それから準備を始めました。京都や東京のいろんな本屋を見て回って、福岡の古書組合に入って。商工会議所のスタートアップ支援のセミナーにも通いました。起業するわけだからアドバイスをもらおうと思って。
でもそこでね、みなさんが「居酒屋をやりたい」「美容室をやりたい」という中で、一人だけ「猫の本屋をしたい」と言ったら、周りがすごくドン引きしていて。講師の方も唖然として、「それって現実的なプランなんですか」「やっていけるんですか」って、ずいぶん疑問視されました。古書組合の人たちからも反対されましたね。「猫本だけでやっていけるわけがない」「あなたは美術館にいたんだからアートの書籍も扱うとか、動物全般にしたらどうか」とか。きっと周りからは、相当な変わり者だと思われていたはずです。
−−その話、猫ジャーナルもまったく同じことを言われた覚えがあります。猫専門メディアを作ろうと提案したとき、「猫だけじゃ人が集まらないから、犬やペット全般も総合的にやれ」と。でも猫や犬と暮らす側からすれば、欲しいのは猫の情報だけ、犬の情報だけなんですよね。
大久保:そうなんですよ。2010年はそんな時代でした。でもね、私、そう言われたら逆に燃えてしまって。調べたら、猫の本屋ってまだどこにもなかったんです。猫の日に合わせたフェアで猫本コーナーに並ぶくらいはあっても、専門店はない。じゃあ、私が一番最初になる、って思ったんです。
−−そして2013年2月、まずはオンライン書店として開業されます。
大久保:ホームページを作って、古書組合で本を集め出したら、自宅の部屋という部屋に猫本が積まれてめちゃくちゃでしたね。実店舗は最初から出すつもりでいたんですけど、まずオンライン書店として様子を見ながら、物件を探すことにしました。
始めてから「プレゼントとして、新本を贈りたい」という声が多いことに気づき、また、猫の古本だけを集め続けるのは容易ではないので、新本も扱うことにしました。ですが、まだ書店としては未熟で、新本の仕入れ方すら知らなかったんです。
当時は取次を経由しないと新本が売ってもらえない時代で、取次と取引口座を開くには何百万というお金が要りました。それで、博多の独立系書店の走りだったブックスキューブリックの店主・大井実さんに「新本ってどうしたらいいんですか」と聞いたら、「じゃあ僕の営業担当を教えてあげるよ」と紹介いただきました。そのツテをたどって、出版社にいきなり電話です。
−−取次を通さず、出版社に直接かけあったわけですね。
大久保:私、旅行会社にいたから、知らない人と話すのは全然平気なんです。じゃんじゃん電話でお願いして。吾輩堂にとって好都合だったのは、きちんとしたホームページから始めていたことです。実態があると分かってもらえたので。とはいえ、最初は怪しまれて、入金しないと送りませんよと言われましたけど、当然ですよね。
その後、だんだん信用を得て、売り掛けで取引できるようになって、そのうち厚かましく「掛け率を下げてくださいよ」なんて言い出して(笑)。買い切りで新本を卸してくれる「子どもの文化普及協会」も紹介してもらって、ぐんと取り扱いが増えました。うちは買い切りで、売り切る自信があるので、どこの版元にも強く言えるんです。
−−ネット書店としての売上は、そこからどのように伸びていったのでしょうか。
大久保:最初は利益もほとんどなかったです。開業後、原田マハさんから「海外で、売る物を買い付けたら?」と誘われてフランスに買い付けに行って、洋書やアンティークの雑貨を売り出したら、ばーんと上がって、客層も広がりました。
一番伸びたのはコロナのときですね。店舗は閉めざるをえませんでしたが、オンラインが実店舗の売上の2倍くらいに。コロナが終わっても、オンラインは好調です。みなさん「ネットでもちゃんと届くんだ」と慣れてしまったんでしょうね。吾輩堂はリピーターさんがすごく多くて、2013年からのお客様で購入回数100回以上という方もいますよ。お会いしたことはないんですけど、いつもメールで飼っておいでの猫のことを細かく書いてくださるので、ずっと前からの知り合いみたいな感じです。