「もう一度、眞須美にざる蕎麦を」“平成の毒婦”と呼ばれた妻の無実を信じ… 和歌山カレー事件・林健治さんの複雑な半生

「もう一度、眞須美にざる蕎麦を」“平成の毒婦”と呼ばれた妻の無実を信じ… 和歌山カレー事件・林健治さんの複雑な半生

●メディアへのうらみつらみは一切口にしなかった

カレー事件では、林夫婦と4人の子供が暮らす家を多数の報道陣が取り囲んだメディアスクラム(集団的過熱取材)が語り草だ。健治さんも当時を振り返り、「うちの郵便受けから郵便物を取って中身を見たり、脚立を使って2階の娘の部屋を撮影したり、あの時のマスコミは凄かったで」などと言っていた。

ただ、そのようにメディアのことを語る口調は穏やかで、うらみつらみは一切口にしなかった。そのことに水を向けると、健治さんは「怒りなんか、そんなにいつまでも持続するもんやないで」とサバサバした感じで言っていた。

実際、過去に健治さんや眞須美死刑囚のことを「疑惑の夫婦」などと呼び、極悪人のように報道していたメディアの記者も平然と家にあげ、取材を受けていた。

健治さんはカレー事件についても眞須美死刑囚が無実だと本心から思っていたのは間違いない。ただ、その根拠としてメディアに語っていたのは「動機がない」とか「眞須美は金にならんことはしない人間」とかいう程度のことに過ぎなかった。

とはいえ、「平成の毒婦」とまで呼ばれた眞須美死刑囚の冤罪主張を信じる声が世間で年々増えてきたのは、健治さんの大らかなメディア対応の効果もあったのではないかと筆者は考えている。

●脳出血で半身不随になった夫に獄中の妻が送り届けたレトルト食品

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健治さんが子供たちとカラオケをしていて、突然倒れたのは2009年9月2日、眞須美死刑囚が裁判で死刑が確定して3カ月余りが過ぎた時期のことだった。

原因は脳出血。健治さんは一命をとりとめたが、左半身が動かない状態になった。そのため、室内に段差が無いバリアフリー仕様のアパートに引っ越し、家の中でも車椅子で過ごすように。対話が困難になり、電話で話していても、「こちらの話が頭に入っていないな」と感じることが多くなった。

それでも、健治さんはメディアの取材は受け続けていた。ただ、そのコメントが載った記事などを見ると、話す内容に明らかな記憶違いや勘違いが目立つようになった。

ある時、家を訪ねたら、『いわしで健康 しょうが煮』という品名のレトルト食品をこう言って見せてくれたことがある。

「眞須美が封筒に入れ、切手をいっぱい貼って送ってきたんや。『これ食べて、元気を出せ』ということみたいや」

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その商品は、大阪拘置所近くの差し入れ屋で売られているものだった。眞須美死刑囚も健治さんの健康を案じ、自分で購入して送り届けたらしかった。

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