なぜ人は幽霊画に惹かれるの?
『化物屋敷百物語の図』(葛飾北斎), Public domain, via Wikimedia Commons.
「怖いもの見たさ」という言葉があるように、人は昔から不思議なものや恐ろしいものに心を惹かれてきました。その代表的な文化のひとつが「百物語」です。
百物語とはその名の通り100本のろうそくを灯し、怪談をひとつ語るごとに火を消していく日本の伝統的な怪談会です。100話を語り終えると本物の物の怪が現れると信じられ、鎌倉時代から江戸時代にかけては、武家の肝試しとして楽しまれていたと伝えられています。
やがて江戸時代になると、1677年に怪談集『諸国百物語』が刊行されたことをきっかけに、怪談は武家だけでなく町人にも楽しまれるようになります。百物語は一大ブームとなり、その人気は絵の世界にも広がっていきました。
例えば葛飾北斎が勝川春朗を名乗っていた頃には、百物語を題材にした浮絵『化物屋敷百物語の図』を制作しています。怪談を語って楽しむだけでなく、絵として鑑賞する文化も生まれました。
足がない幽霊はここから始まった?
日本の幽霊といえば「足がない姿」を思い浮かべる人がほとんどではないでしょうか。しかし、この特徴がいつ生まれたのかははっきりと分かっていません。足がない姿で幽霊が描かれる理由には、主に二つの説があります。
一つは「反魂香(はんこんこう)」という伝説上のお香に由来するという説です。反魂香は、焚くと煙の中に亡くなった人の姿が現れると伝えられる不思議な香で、中国・前漢の武帝が亡くなった李夫人を偲び、道士に作らせた霊薬を香炉で焚いたところ、立ち上る煙の中に夫人の姿を見たとされています。
『今昔百鬼拾遺』より「返魂香」(鳥山石燕), Public domain, via Wikimedia Commons.
煙の中から姿が浮かび上がるため、下半身が煙に隠れて足が見えず、その表現が幽霊画にも取り入れられたのではないかと考えられています。
もう一つは、円山応挙が描いた『幽霊図(お雪の幻)』の影響によるという説です。応挙の作品は、日本で最も有名な幽霊画として知られています。一説では病弱だった妻の姿を障子越しに見た際、その影が足元まで見えなかったことから、足のない幽霊を描いたといわれています。
『幽霊図 お雪の幻』(円山応挙), Public domain, via Wikimedia Commons.
また、妻を亡くした後に幽霊画の制作を依頼され、思い悩むなかで現れた妻の霊の姿をそのまま絵に描いたとも伝えられています。
どちらも確かな史実ではないものの、反魂香や応挙の逸話が受け継がれたことで「幽霊には足がない」というイメージが広く定着していったのかもしれません。
