ポール・ドラローシュ《レディ・ジェーン・グレイの処刑》 1833年、ナショナル・ギャラリー、ロンドン, Public domain, via Wikimedia Commons.
そばには、彼女を導こうとする男性。床には血を吸わせるための藁が敷かれ、後ろでは侍女たちが悲しみに崩れています。右側には大きな斧を手にした処刑人が、静かにその時を待っています。
この絵は、フランスの画家ポール・ドラローシュが1833年に描いた《レディ・ジェーン・グレイの処刑》。現在は、ロンドンのナショナル・ギャラリーが所蔵しています。
「9日間の女王」の最期
描かれているレディ・ジェーン・グレイは、「9日間の女王」と呼ばれるイングランドの歴史上の人物です。
1553年、少年王エドワード6世が亡くなると、王位継承をめぐる政治的な思惑のなかで、ジェーンは女王として擁立されました。しかし、ヘンリー8世の娘メアリーを支持する勢力が巻き返し、その在位はわずか9日ほどで終わります。
ジェーンはロンドン塔に幽閉され、反逆罪で有罪となりました。そして1554年2月12日、塔内のタワー・グリーンで処刑され、処刑時の年齢は17歳とも言われます。
この作品は、若くして命を奪われた少女の悲劇を描いた絵として知られています。しかし、その魅力は、題材の悲惨さだけにあるのではありません。
注目したいのは、ドラローシュが史実を忠実に記録するよりも、観客が立ち止まらずにはいられない「見せ場」を選んだことです。
「処刑台はどこですか」
ドラローシュは、斧が振り下ろされる瞬間を描きませんでした。血が流れる場面もありません。
画家が選んだのは、その直前です。
目隠しをされたジェーンが、首を置く台の位置を見失い、両手を伸ばして探している一瞬。彼女はまだ生きています。しかし、もう逃げることはできません。
ポール・ドラローシュ《レディ・ジェーン・グレイの処刑》 1833年、ナショナル・ギャラリー、ロンドン。首を置く台を、両手を伸ばして探すされたジェーン, Public domain, via Wikimedia Commons.
この場面には、1834年のパリ・サロンで作品を見た観客を、物語の中へ引き込む仕掛けがありました。
当時のサロンのカタログには、1558年に刊行されたプロテスタントの殉教者に関する文献から、ジェーンの最期を伝える文章が引用されていました。そこには、目隠しをされた彼女が「どうすればよいのですか。処刑台はどこですか」と訴える場面が記されていたのです。
つまり、当時の観客は、彼女が何をしているのかを知ったうえで絵を見ていました。
ただ白い衣の少女を眺めるのではありません。「彼女は死ぬための台を探している」という言葉を頭に浮かべながら、その伸ばされた手を見る。すると、何げない手の動きが、突然、恐ろしい意味を帯びてきます。
ドラローシュは絵だけでなく、カタログに記された言葉まで含めて、観客の感情を作品へ導いていたのです。
