●60年ぶりの判例変更 三審制で代理人の役割は大きい
これまでで最も記憶に残る事件の一つが、宮城県岩沼市の市議会議員が提起した「議会の出席停止処分」についての訴訟だ。
もともと判例となっていた1960(昭和35)年の大法廷判決では「出席停止は議員の権利行使の一時的制限にすぎないため、自治団体の措置に委ねるのが適当で、裁判権の外にある」とされていた。宇賀氏は学生時代から、疑問があった。
「議員にとって、会議で自分の意見を発言・質問して、最後に投票するのは一番大切な仕事だと思うんです。そのために有権者から負託を受けて議員になっているわけですから。一番大事な仕事をさせないことが司法審査の対象にすらならないのはおかしいと思っていました」
全国各地の地方議会への出張や視察も多く、さまざまな事例を調べてきた。多数会派による少数会派へのいじめのような構図が垣間見えることもあり、議会による懲罰の恣意的な運用には懸念があった。原告は、まさに少数会派の議員で、仲間の議員を擁護する発言をしたことを懲罰対象とされ、9月定例会の全23日間が出席停止になっていた。しかし、判例により、地方議員は出席停止処分に対して取消訴訟ができないばかりか、地方自治法に基づく審決の申請も事実上、認められていなかった。
2020年11月の大法廷判決は、60年ぶりに判例を変更。「地方議員は議事に参与し、住民の代表としてその意思を地方公共団体の意思決定に反映させるべく活動する責務を負う。出席停止はその責務を十分に果たせなくなる」と指摘した。出席停止は議会の自主的な解決に委ねるべきとはいえず、懲罰の適否は、司法審査の対象になると判示した。宇賀氏は、こう補足意見を書いた。
「地方議会の自立性の根拠は、憲法92条の『地方自治の本旨』以外にない。『地方自治の本旨』の核心は住民自治といえる。住民が選挙で地方議員を選出し、その議員が有権者の意思を反映して、議会に出席して発言し、表決を行うことは、当該議員にとっての権利であると同時に、住民自治の実現にとって必要不可欠であるところ、地方議員を出席停止にすることは、地方議員の本質的責務の履行を不可能にするものであり、それは同時に当該議員に投票した有権者の意思の反映を制約するものとなり、住民自治を阻害することになる」
これにより、総務省の通知も変更され、審決の申請ができるようになった。
市議が2016年に提訴してから、弁護団と共に根気よく闘った末の判例変更だった。大法廷15人の全員一致。「当然のことですが、最高裁は受け身の立場ですよね。事件になって初めて判断できる。下級審から当事者や代理人の方たちが諦めずに頑張ってきたから、この結果がある。やはり、弁護士の役割はとても大きいなと思います」
●小法廷の壁・口頭弁論の意義 外から入って見えた課題
宇賀氏が加わった大法廷回付事件は17件、そのうち、2022年の在外邦人の国民審査権事件では、数名の判事の名前を挙げる口頭弁論があった。原告代理人の吉田京子弁護士が国民審査の投票に際して、裁判官がどんな経歴か自分の子に伝えることこそが民主主義の始まりだという例示としてだった。
「宇賀克也裁判官について。私は『彼はもともとは研究者だよ。補足意見や反対意見をたくさん書いている』と言います」。海外に住む日本人に国民審査権を認めないのは、国民に公務員の選定や罷免をする権利を保障した憲法15条などに違反するとされ、日本で11番目の法令違憲判決となった。
この時のことを宇賀氏は「いきなり自分の名前を言われてびっくりした」と笑うが、実際に複数の口頭弁論を目の前にしてきて、「やはり書類を読み上げるよりも、裁判官を見ながら雄弁に訴えかける口頭弁論は、説得力が大きいと感じた」という。
口頭弁論前に結論は決まっているわけではなく、裁判官は口頭弁論後、評議室に直行し、弁論を踏まえて結論をどうしようかという議論が行われる。しかし、口頭弁論は現状、原審の判決・決定が変わる見込みがあるときに行われることが多い。宇賀氏は「事案によっては、評議を進める前に口頭弁論を行い、それを通じて心証を形成することがあってもいい」とする。
2026年4月現在、戦後、最高裁が法令違憲と判断したのは14件。1973年の尊属殺人が1件目で、2000年以降に9件が集中、2022年以降はほぼ毎年1件出ている。大法廷回付は1年で2、3件程度しかない。
「15人全員での議論は、さまざまな角度からの意見が出され、広く公益につながるため、もっと増やした方がいい」という宇賀氏は、現状を「小法廷の壁がある」と表現する。
5人の小法廷では過半数の3人が同意しないと、大法廷にはいけない。ただ、長官のいる第二小法廷では、一般に4人で審議するので、2対2の同数の場合、大法廷回付になる。事件が分配される小法廷がどこになるかで、大法廷回付されるかが左右されうる。韓国の大法院のように、1人でも異論があれば、大法廷回付することが望ましいという。
最新刊『管見 最高裁判所』(有斐閣)では、こうした学者の立場から見えてきた司法の課題をつづっている。ここに書かれた400ページにわたる記録は、100年後、200年後にも引き継がれる。未来の研究者は、令和の一時代の日本の最高裁のありようを知ることができるのだ。
【宇賀 克也(うが・かつや)氏プロフィール】1955年東京都生まれ。東京大学名誉教授。1978年東京大学法学部卒業後、ハーバード・ロースクール客員研究員、客員教授などを経て、1994年から東京大学法学部教授・同大学院法学政治学研究科教授。2019年3月から2025年7月まで最高裁判所判事を務めた。初学者向けから応用まで行政法の教科書を多数執筆。個人情報保護法、マイナンバー法などの研究で知られ、日本公法学会理事や内閣府の各種委員会委員などを歴任した。2025年9月から長島・大野・常松法律事務所顧問、第一東京弁護士会所属。

