●3 心身の悪化と辞職の決断
私は、研修を終え、所属していた某地検刑事部に戻りました。
そして、研修に行っていたことで溜まっていた大量の仕事をやらなければならず、毎日夜中まで、土日も闇出勤して仕事をしました。
しかし、■■検事からされた一連のパワハラや脅迫などが頭から離れず、心身の状態が悪化していきました。
研修中は、耳鳴りがし、食欲が失せ、3時間睡眠のため常に頭には霞が掛かり、■■検事の部屋に行くと動悸が止まりませんでした。
仕事中も自然と涙が流れてきました。
研修後は、眠れなくなりました。
暗くなるのが怖い、仕事に追われている、でも自分に能力がなく事件処理が上手くいかないかもしれない、自分は検察官として頑張っていないと常に自己否定に襲われました。
そして、自分に対する興味も失いました。
風呂に入らなくなり、身だしなみも整えなくなり、食事も作らない、掃除もできない、部屋からは仕事以外、外出したくなくなりました。
いわゆるセルフネグレクトの状態だったと思います。
研修中の反動か、過食になり、お腹いっぱいになっても常に食べ物を入れておかないと不安になる、なので無理矢理お腹に何か入れ、満たされていると気分が楽になり眠れるようになりました。
体重は15kg以上増加し、醜い見た目になっていきました。
私は、学生時代から運動部に所属しており、社会人になってからはジムに通うなど して体を鍛えていましたので、心身は丈夫な方で、検事になってからも上司から厳しい指導を受けてきましたが、ここまでの心身が不調になったことは一度もありませんでした。
しかし、大阪地検特捜部でのたった1か月の研修で受けた■■検事からの一連の被害で、私の心身は明らかに「壊され」ました。
私は、 ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●研修を令和6年3月にオンラインで受けたのですが、運悪く、同時期に高松地検刑事部長として初めて決裁官を務めることになる■■検事も研修に参加していました。
私は、パソコンの画面上で■■検事の姿を見るだけで声を聞くだけで気分が悪くなり、心臓がドキドキし、強い吐き気を覚えました。
私は、このような精神状態では検事の仕事を続けられないのではないかと頭をよぎりました。
精神科を受診することも考えましたが、当時の某地検は人員が不足しており、自分が休んだ場合の弊害を考えると安易に診断書を取得して休むことなどできませんでした。
私は、令和6年4月以降、某地検●●で勤務していましたが、緩やかに体調を回復していく中で検事としての仕事を続けていくことに限界を感じるようになりました。
何をしても■■検事の否定が頭をよぎってしまい、自分の判断に自信が持てなくなりました。
私は、検事の仕事をもう続けることはできないと思い、令和7年1月頃、所属庁の某地検次席検事に、辞職の意思を示しました。
私は、誇りを持って、懸命に、検事の仕事をやってきました。
検事の仕事が大好きでした。
なのに、■■検事からの一連の被害で、辞職に追い込まれたのが無念でなりませんでした。
●4 被害告発に至った経緯
私は当初、被害を告発できませんでした。
■■検事からの一連の被害を「録音」していないので、■■検事から脅迫されたように、被害を告発しても無駄だと思いましたし、もし、被害を告発したことが■■検事の耳に入れば、さらにどんな酷いことをされるか分からないと怖かったからです。
私は、すぐにでも辞職したいとも考えましたが、●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●仕事や担当していた事件の見通しをまって辞めることにしました。
私は、しばらく残るからには、最後まで誠心誠意仕事をやろうと思い、必死に捜査・公判に従事しました。
また、私は、同期の検事らには、■■検事からの一連の被害を打ち明け、辞職を決意したことを伝えました。
話を聞いてくれた同期は、とても驚き、心配してくれていました。
そして、同期のうちの1人から
● ■■検事からされたことを上司に言ったほうがいい
●また同じような被害を受ける人が出てしまうから
と言われました。
私は、上司にはこの被害を何も言わずに辞職する予定でした。
しかし、他の職員が、■■検事から、同じような酷い被害を受けるのはかわいそうだと思い、上司に被害を報告することに決めました。
そして、令和7年1月頃、所属庁の某地検次席検事と検事正に辞職の意向を伝えた際、理由を聞かれ、■■検事の違法捜査の強要とパワハラを告発したのです。
すると、所属長の某地検検事正が
●話を聞いた以上、ここだけに留めるわけにはいかないので、上に報告する
とおっしゃってくださったので、私はこれを承諾しました。


