昨年4月、広島県府中町の公園で東京都の会社員男性(当時52)が殺害され、当時16~18歳の男女3人が逮捕された事件で、犯行を主導し、強盗殺人罪に問われた同町の建設作業員で当時16歳のA被告人(17)に対する裁判員裁判の判決が先月29日、広島地裁であった。國分進裁判長は求刑通り、懲役20年を宣告した。
弁護側は「殺意はなかった」「保護処分が相当だ」と主張していたが、判決では全面的に退けられた。一方、弁護側が主張の前提としたA被告人の成育歴については、計4回の審理で詳らかにされながら、その具体的内容が判決には一切書かれていなかった。(ノンフィクションライター・片岡健)
●喧嘩が弱く、負けてばかりだった小柄な被告人
判決によると、A被告人は被害男性が当時18歳の少女C(19)=恐喝の非行事実で少年院送致=と援助交際をしていることに因縁をつけ、金品を脅し取ろうと考え、少女Cに被害男性を広島まで呼び出させた。
しかし現場で被害男性の抵抗に遭ったため、A被告人の依頼で同行していた当時18歳のB被告人(19)=強盗致死罪で懲役18年の判決を受け、控訴中=が殴る蹴るし、最後はA被告人が木の棒で頭部を数回殴打し、被害男性を殺害。現金約8万1000円が入った被害男性の財布を強取したとされた。

そんなA被告人は公判に毎回、白いシャツと黒いスラックスという姿で現れたが、かなり小柄で、髪を肩まで伸ばし、眼鏡をかけていた。職場の先輩だったB被告人によると、「Aは喧嘩が弱く、負けてばかりだった」という。
そんな少年がなぜ、主導者として強盗殺人事件を起こしたのか。それを解き明かすため、審理で詳らかにされたのがA被告人の成育歴だった。
●養父から受けた虐待のために「誤った正義感」を持つように
A被告人の母親は、A被告人の出産時は独身だったが、A被告人が2歳の時、勤務先のキャバクラの同僚だった男性と結婚。男性はA被告人と養子縁組して養父になった。
母親は結婚前の養父のことをこう語っている。
「他の男性と違い、会う時に『子供と一緒に』と当然のように言ってくれたのが良かったです」
だが結婚後、養父は働かなくなった。母親は生活費を稼ぐため、昼間はショッピングモール、夜はキャバクラで働くダブルワーク状態に。過労で緊急入院したこともあったが、この時も養父は自身の親からもらった金をすべて自分の小遣いにし、入院費用にあててくれなかった。
A被告人が小1の頃、母親は養父と離婚したが、当時をこう回顧した。
「なかなか離婚に同意してくれず、離婚後も家から出て行ってもらうまでに2、3年かかりました」
一方、A被告人は小学生になった頃からお菓子、漫画、カードゲームなど欲しいものは何でも万引きするように。母親はその都度、一緒に被害店に行って謝り、被害を弁済したうえ、A被告人が「もうやらない」と約束するまで延々と説教した。しかし、A被告人は万引きをやめなかった。
そんなA被告人に対し、やがて養父が暴力をふるうようになった。母親はこう証言している。
「養父は『言ってわからない奴には身体で覚えさせるしかない』と言い、Aを殴る蹴るするようになりました。Aが泣くと、『うるさい。黙れ』と言い、Aの頭や身体をガムテープでぐるぐる巻きにしていました」
「養父は川の中でAの片手を持ち、Aの身体を持ち上げたり、川に沈めたりしたこともありました。Aは履物が川に流され、足を岩か何かにぶつけて血を流していました」
事件後にA被告人と面会した精神科医によると、A被告人はこの被虐待経験から「誤った正義感」を持つようになったという。
「A被告人は養父に暴力を受けても、『自分が悪いことをしたのだから当たり前だ』と考えていました。この経験もあり、『相手が口で言ってもわからなければ、殴ってもいい』『悪いことをしている相手には、骨が1本、2本折れるくらいの危害は加えてもいい』と思うようになったそうです」

