実の叔父・レオポルト1世との結婚
フアン・バウティスタ・マルティネス・デル・マソによる『喪服を着たマルガリータ・デ・オーストリア』, Public domain, via Wikimedia Commons.
マルガリータ・テレサが14歳の頃、父であるフェリペ4世がこの世を去りました。
その翌年、マルガリータ・テレサはウィーンへと向かいました。神聖ローマ帝国の皇后となるため、故郷スペインから旅立ったのです。
マソによる『喪服を着たマルガリータ・デ・オーストリア』には、タイトルの通り喪に服した姿のマルガリータ・テレサが描かれています。
幼い頃の可愛らしさは影をひそめ、暗い視線をこちらに向けているのが印象的です。
そんな彼女の結婚相手となったのは、母・マリアナの実の弟であるレオポルト1世(1640-1705)です。
ベンジャミン・ブロック『金羊毛騎士団の首飾りをつけた若き日のレオポルト1世の肖像』, Public domain, via Wikimedia Commons.
マルガリータ・テレサより11歳年上のレオポルト1世は「バロック大帝」と呼ばれるほど文化を愛し、陽気な男性だったと言われています。
皇帝でありながら、自身でも作曲をして多くの音楽を生み出しました。彼の治世で、ウィーンはヨーロッパにおける文化芸術の一大拠点となったのです。
レオポルト1世は、マルガリータ・テレサとの結婚披露宴に豪勢な演出を加えました。
オペラやコンサート、そしてサーカスに花火大会。この賑やかさは、ヨーロッパ最大の饗宴として後世にも知られています。
束の間の幸福な日々
血の繋がった実の叔父のもとへ嫁いだマルガリータ・テレサ。しかし、夫となったレオポルト1世との仲は非常に睦まじかったという証言が残っています。
マルガリータ・テレサはレオポルト1世のことを「おじさま」と呼び、レオポルト1世は妻を「グレーテル(マルガリータのドイツ語の愛称)」と呼んで、互いに大切にしていました。
ヤン・トーマス『戯曲「ラ・ガラテア」のアキス役レオポルト1世』, Public domain, via Wikimedia Commons.
ヤン・トーマス『劇場の衣裳を着た皇后マルガリータ・テレサ』, Public domain, via Wikimedia Commons.
ヤン・トーマスによる『戯曲「ラ・ガラテア」のアキス役レオポルト1世』、そして『劇場の衣裳を着た皇后マルガリータ・テレサ』という一対の夫婦像では、皇帝夫妻とは思えないほど解放されたふたりの姿が描かれています。
この絵は披露宴の期間に描かれた作品で、牧人劇『ラ・ガラテア』の扮装をしたものです。ヒツジ飼いの青年アキスと海神の娘ガラテアの愛を描いた作品で、レオポルト1世はアキスの衣裳を、マルガリータ・テレサはガラテアの衣裳を纏っています。
マルガリータ・テレサの表情は、スペインの宮廷で喪服を着ていた時とは別人のように華やいで見えます。しかし、この幸せな夫婦生活は長くは続きませんでした。
