揺らぎはじめた永遠
こうした金色の光は、クリムトが生きた時代に広がっていた不安とも重なっています。
もし永遠を約束してくれるものが最初からなかったとしたら…。
19世紀末のヨーロッパでは、まさにその不安が現実になりつつありました。神が世界を見守っている、正しく生きれば死後に救われる。何世紀ものあいだ社会を支えてきた前提が、科学の発展とともに揺らぎはじめていたのです。
そのきっかけは進化論でした。1859年、ダーウィンが『種の起源』を発表します。
チャールズ・ダーウィン『種の起源』初版扉ページ(1859年)。人間も含めた生物が長い時間をかけて変化してきたとする進化論を提示し、聖書の天地創造を前提としてきた西洋世界の世界観を大きく揺さぶった。, Public domain, via Wikimedia Commons.
人間は神が特別につくった存在ではない。長い時間をかけて、他の動物から少しずつ変化してきた一匹の生き物にすぎない。
そのように告げる本でした。また同じころ地質学は、地球の年齢が聖書の言う数千年ではなく、何十億年にも及ぶことを明らかにしていきます。神が六日で世界をつくったという聖書の物語は、文字通りには信じにくくなっていた時代だったのです。
永遠を約束してくれる力がなくなったとき、人は何を支えに生きていけばいいのか。クリムトと同じ時代を生きた哲学者のニーチェは、その課題に正面から向き合いました。そして、ある思考実験を提示します。
もう一度、自分の人生を生きたいと思えるか
フリードリヒ・ニーチェ(1844-1900)。19世紀末ドイツの哲学者。「神は死んだ」という言葉でも知られ、宗教的な世界観が崩れていく時代に、いかに自らの人生を肯定して生きられるかを考え続けた。, Public domain, via Wikimedia Commons.
ニーチェはこう問いかけました。
もし自分の人生がまったく同じ形で、何度でも繰り返されるとしたら。それでも「もう一度、同じ人生を送りたい」と言えるだろうか。
「永劫回帰」と呼ばれる思考実験です。神が永遠の救いを約束してくれないなら、人生の意味は外から与えられるものではなく、自分で探さなくてはいけません。
だからこそニーチェは、自らの人生を「自分自身で肯定できるのか」と問いました。辛かったことや恥ずかしい失敗、思い出したくもない後悔まで含めて、「それでもこの人生でよかった」と言えるかどうか。
そこに彼の考える新しい生き方があったのです。
