エドゥアール・マネ《オランピア》(1863年)。油彩・カンヴァス、130.5×190cm。オルセー美術館(パリ)蔵。1865年のサロンに出品され、大騒動を巻き起こした。, Public domain, via Wikimedia Commons.
描かれているのはただの裸婦です。ただし裸の女性を描いた絵なら、同じ会場にいくらでもありました。
眠る女神や横たわるニンフといった絵画が称賛を浴びる中、この一枚だけが観客の怒りを買ったのです。ベッドの上にいる彼女は恥じらうこともなく、まっすぐこちらを見返しています。
人々を怒らせたのは、裸だったのか。それとも、別の何かだったのでしょうか。
女神なら、裸でも大丈夫
当時のサロンは、画家にとって特別な場所でした。国が年に一度開く公式展覧会に自分の作品が選ばれ、展示されることは、一人前である証拠でもありました。今でいえば芸術家の登竜門であり、世間の注目が集まる晴れ舞台だったのです。
だからこそ、その壁に掛かった一枚が人々を本気で怒らせました。理由は、描かれた女性が「誰」だったかにあります。
当時の裸婦画には、暗黙のルールがありました。神話や古典の登場人物であれば、裸で描いてよい。「これはヴィーナスです」という建前さえあれば、その裸は高尚なものとして受け入れられました。見る側もうしろめたさを感じずに済んだのです。
ところがマネはその建前を壊そうとしていました。二年前にも、同じような騒ぎを起こしています。
1863年、落選作を集めた展覧会に出品された《草上の昼食》です。
エドゥアール・マネ《草上の昼食》(1863年)。油彩・カンヴァス、208×264.5cm。オルセー美術館(パリ)蔵。《オランピア》の二年前、落選展に出品されて騒ぎを起こした。, Public domain, via Wikimedia Commons.
服を着た男たちの隣に、裸の女性が平然と座り、こちらを見ている。
神話でも寓話でもない、ただのピクニックの場面に現れた裸に、人々は眉をひそめました。《オランピア》も、その延長線上にあります。
しかも誰もが知る名画をあえて「下敷き」にしたのです。ティツィアーノが16世紀に描いた《ウルビーノのヴィーナス》です。
ティツィアーノ《ウルビーノのヴィーナス》(1538年)。油彩・カンヴァス、119.2×165.5cm。ウフィツィ美術館(フィレンツェ)蔵。マネが《オランピア》の下敷きにした名画。, Public domain, via Wikimedia Commons.
やわらかな寝台に裸の女性が横たわり、足元には小さな犬、背景には植物が描かれています。穏やかな光に包まれたこの名画は、およそ300年にわたって人々を魅了し続けてきました。
当時の観客にとって「美の基準」というべき絵だったからこそ、マネはその構図をあえて借りてきたのです。
形を借りて、中身を入れ替える
もう一度《オランピア》を見てください。横たわるポーズも、こちらへ向けた体の角度も、ティツィアーノとほとんど同じです。二枚を見比べれば、マネが《ウルビーノのヴィーナス》を下敷きにしたことはすぐに分かります。
ただし彼は中身をまったく別のものに入れ替えました。ティツィアーノの絵には、結婚や貞節を象徴する犬や植物が描かれていました。
ところが《オランピア》には黒猫が現れ、侍女が花束を差し出しています。ヴィーナスの手がどこか誘うようなのに対し、オランピアの手はきっぱりと体を覆い、見る者を拒絶しているかのようです。
首元のリボンや脱ぎかけたスリッパは、神話の女神ではなく、女性の日常を感じさせるディテールです。
そして名前が追い打ちをかけます。「オランピア」は当時、街で体を売る女性を連想させる名前だったのです。観客は絵の前に立った瞬間、見慣れた名画が別のものに変わっていることに気づいたはずです。
神話の女神だと思って眺めていたものが、いつのまにか現代のパリに生きる女性になっている。しかも、娼婦。多くの人にとって、あまりにも挑発的な絵に見えたのです。
