開脚したい。
完全に脚を180度開きたい。
その「いつか」のために、日々(と言いつつ週に数回だが)、柔軟に励んでいる
ただ「千里の道も一歩から」とは言うものの、なかなか理想の開脚には至らない。
・溢れかえる「正解」の動画たち
SNSのショート動画を見れば、「これだけで開脚できる!」といった方法が次から次へと流れてくる。
参考にし、保存し、いいねをする。
そうすると、アルゴリズムの仕業でまた同じような動画がどんどん降ってくる。
だが、流れてくる「開脚のグル(指導者)」たちの言っていることが、同じようでいて絶妙に違う。
「180度開脚」という一つの神を信じているはずなのに、流派によってアプローチが違う。
挙げ句の果てに、「その方法は間違いだ」と他者のやり方を否定する人まで現れる始末。
その “他宗を否定する姿勢” がまた、カルト宗教くささ(怪しさ)に拍車をかけている。
結局どの動画を信じればいいんだ!
「そんな努力は無駄だ」なんて言われると、自分のこれまでの努力を全否定されたような気分になってしまう。
「これなら簡単にできるよ」という甘い言葉に誘われて試してみるが、やっぱりできない。
セミナーに行けば解脱(180度開脚)に近づけるのかもしれないが、そこまでする熱量はないし、そのセミナーってのが、また宗教っぽさを醸している。
・「メダリスト」は信じる私
結局のところ、私はそれらの情報を参考にしつつ、毎日、ユ〜ラユラと体を揺らしながら柔軟に励んでいる。
なぜ揺らしているのか。
それは、オリンピックの体操メダリストが、とある柔軟ショート動画で「揺らせ」と言っていたからだ。それを見た時「これだ!」となった。
スポーツ選手なり、コントーションなどのパフォーマーなり、やっぱり、明確に何かしらの結果を残した人の助言には説得力がある。
私はそういう「確かな実績」がある人の言葉を信じる傾向にあるらしい。
