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「復興ソングも緊急地震速報も聞けなかった」仙台で被災、PTSDになったアイドルが3.11を初告白…転機はWBCでの佐々木朗希の登板だった

「復興ソングも緊急地震速報も聞けなかった」仙台で被災、PTSDになったアイドルが3.11を初告白…転機はWBCでの佐々木朗希の登板だった

12年後の3月11日、WBCがきっかけで訪れた“転機”

「震災から5年ほど経ったころ、当時のみんなの表情をどんどん忘れちゃってる自分がいて。たぶんPTSDの一種だと思うんですけど、夢の中で小学生の自分に『あんなにしんどかったのに、なんで忘れて生きてるの?』って怒られる夢を何回も見たんです。

日々、『もっと未来がある子が亡くなったのに、なんで私が生きてるんだろう』『私も死んじゃえばよかった』と感じていました」

しかし2023年の3月11日を機にPTSDが落ち着き始める。きっかけは大好きな野球だった。

「前回のWBCのとき、佐々木朗希投手が投げる試合が3月11日にあって、私にも野球関連のお仕事が来たんです。それまでは震災の日はお仕事を断っていたんですが、被災してご家族を失った佐々木投手が日本を代表して投げるなら、『私ももう1歩だけ頑張ってもいいかもしれない』と思って受けることにしたんですね。

それが震災から12年経って初めて3月11日に1人で社会活動ができた日で、そこから『外出れるじゃん』ってなってちょっとよくなったんです」

以降、宮原さんは避難訓練や追悼行事も出られるようになり、震災時期のテレビも視聴できるようになった。「それで泣いちゃったりする日もある」と言うが、3.11への捉え方は確実に変わったのだ。

そして今回、初めて震災関連の取材を受けたという宮原さん。そこには、被災者として一種の使命感が感じられる。

「私が語ることで、私と同じように気持ち悪くなってしまう人も絶対いるから、意図的に発信を避けてました。でもこの15年、ずっと心のどこかでは『何も伝えずにやってくのは違う』と思ってたし、症状が落ち着いた今では“こういうことがあった”と伝えなきゃいけないと感じてて。

もちろん、突然、症状が悪くなるかもしれませんが、今は次のフェーズに行けてる感じがあるので、“護る側”じゃないけど、同じつらい経験をした人の近くにいたり、お話を聞きたいと思ってます」

マインドが激変した宮原さん。あれから15年、今感じることとは——。

「震災の頃に生まれた子も春から高校生ですし、これからはあのとき生まれてない子が社会を作っていきます。でも、自然災害を軽いものと見てほしくなくて、災害で急に人は死んじゃうから、ハザードマップを見たり備えるものは備えてほしいです。

あと、会いたい人にはたくさん会って、周りの人はいっぱい大事にしてほしいです。相手が急にいなくなったり、話したくても話せなくなることがありますから」

「天職」と語るアイドル活動を通じ、宮原さんは震災を語り継いでいく。

取材・文/久保慎

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