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世界から愛される日本の大工アーティスト、菱田昌平の人生哲学。「職人」という言葉に宿る日本人の姿勢とは?

世界から愛される日本の大工アーティスト、菱田昌平の人生哲学。「職人」という言葉に宿る日本人の姿勢とは?

美しいものが嫌いな人には会ったことがない

菱田 私の一番大きな問題提起は、たぶん塚原さんとちょっと似ていると思うんですけど、「手しごとの職人が生きていけない時代。どれだけ努力しても経済が回らない」ということです。これは世界共通の問題で、海外でも見てきました。

どこの国に行っても、職人があふれている社会というものを見たことがない。でも職人は社会に絶対必要な職種です。「きつい、危険、汚い」を理由に技術者が激減して価格が高騰し、トイレの水が詰まったら修理費に25万円ぐらいかかる、ベルギーのような国もあります。すごい時代になってきているんです。

だから私は「手しごとこそ、本来一番価値があるものじゃないか?」ということを、自宅も含めた家の建築を通じて、問題提起したいと思っているんです。

建築という手しごとの本来の価値を、お客様にも建築業界にも再確認してもらいたい。それが大工アーティストとしての問題提起です。

塚原 菱田さんがずっとおっしゃっていることの一つに、「自然と手しごとと美しさが大事」というお話がありますね。菱田さんのご自宅にしても、これまでつくられてきている建築を見ても、本当に「自然と手しごとと美しさ」がリンクしていると思います。

菱田 私の拠点は坂城町という長野県・上田市のとなりの小さい町なんですけど、お客様は地元の方々の他に、東京や海外から移住してきた方々も結構いらっしゃいます。そういう方々が軽井沢とか白馬、蓼科など、長野でも自然に恵まれている地域に家を建てたいということで、おしごとをいただくことが多いですね。

菱田工務店は年商10億円ちょっとのまだ小さい会社なんですけど、集客はほぼインスタグラムになっています。インスタで会社のアカウントと私の個人アカウントを見ていただいた方たちが、ずっとファンで追いかけてくれて、タイミングが来たらおしごとの御連絡をいただくみたいなことが多いんです。

私は今年で47歳になるんですけど、20代で独立してから20年経ちました。経営も設計も施工も全部やるんですけど、基本的にこの自宅もベルギーの古民家をベースにした形の建物なんです。ベルギーの古民家を見たことない人からすると、なにかすごく新しく見えたりとか、ゼロから1を生んでいるようなことを言われますけど、自分ではそんなこと感じてなくて。

先人が、自然と共存していた時代の暮らしを、モデルとしてつくってくれているんです。なので私にとっては、「その地域のもので、その地域の人たちが、その地域の人のためにつくる」美しい暮らし、古民家から見えてくる「人の暮らし」というものが大切で、この先に残すべきものではないかと思っているんです。世界中を探索して「これいいじゃん!」という建築を実測して再現していく。

世界各地でインプットしてきたものを、ここ長野の地でアウトプットする。そういう考え方で家をデザインしていて、シンプルな美しさをつくっていくように心がけています。

その中で、やっぱり自然の素材は尊くて価値がある。だから素材の良さを生かして、手しごとは必要以上に入れない。美しいものが嫌いな人間に私、会ったことがないので、その「美しいもの」を「自然の素材」と「手しごと」でつくり続ければ、今、価値がなくなりそうな職人の手しごとにも再度光が灯るのではないか? そんな思いで「自然と手しごとと美しさ」の三軸を大切にしているんです。

自分の道は自分でつくっていい

菱田 私は中学校に3ヶ月しか行ってなくて、小卒なんです。小学校しか行ってなくて、中学校は3ヶ月だけ行って、あとの2年は不登校、3年目はリンゴ農家で働くというちょっと変わったことをしていて、高校に上がるタイミングでアメリカに2週間行って、向こうのフリースクールを見てきました。今から30年前の日本には「自分の取れる点数で、決まった道を歩きなさい」というような選択肢しかなかったんですけど、アメリカで「道は自分でつくっていいんだよ」ということを教えていただけるきっかけがあったんです。

それを聞いたのが16歳で、それ以来「自分らしい人生ってどう歩けるんだ?」ということでやってきています。

私みたいな何の学歴もない人間を受け入れてくれたのが、建築業界だったんですね。最初は大工以外のこともやっていたんですけど、19のときに60歳の大工の親方に5年間修行をつけていただきました。私は日本の義務教育は受けてないんですけど、日本の職人教育を受けたんです。

そこで一番大切なことは「精神性」でした。気遣いとか気を回すとか、どう生きていくかみたいなことを、親方に5年間叩き込んでいただけた。その方が第一の師匠ですが、その先の人生でも、その都度いろんな方が力を与えてくれました。

自分の人生は、明日なのか50年後なのかはわからないけれど、死が決まっていて、そこまでの道も決まっている。その道に必ず「私の会うべき人」が待ってくれていると思い込んでいるので、出会う方には誠実に向き合って、お力をいただくこともありますし、お返しできることはお返しする。そういう気持ちで生きていこうと決めています。

塚原 僕も出家したときはそうでしたけれども、人生の折々で巡り合わせがあって、その大きな流れに逆らわずに身を委ねてやってきたという点では、非常に菱田さんと近いところがあるのかなと思ったりもします。

その時々で大きな流れみたいなものに抗わず、なるべく大きな流れに身を任せて「自分のやりたいこと」を考えていくという姿勢。菱田さんと出会ってまだ2年ぐらいですけれども、その間に菱田さんの中でも色々な変化が現れたのだと思います。そういったところも見させていただいてきたなかで、「生きる姿勢」がずっと変わらず、それこそ中学生の頃から変わらずに来られているのかなと思いました。

菱田 私が大工として初めて行った国はドイツなのですが、あれは2007年、28歳のときで、大きな人生の転機になりました。日本の「削ろう会」という職人の会があるんですけど、その会がドイツに飛び火して、日本から職人が7名、ヨーロッパ中から約80名ぐらい、合計90名ぐらいで「6メートル間口の日本の鳥居を手しごとだけでつくる」というプロジェクトが立ち上がり、そこに参加したんです。

木を切り倒すところから鉞ひとつで、電動工具は一切使わない。現代の大工が使わなくなった工具を使うヨーロッパの職人たち、なかでもベルギーの職人は「アーティスト」と呼ばれ、その気迫、プライド、技術に感銘を受けました。

日本の職人とヨーロッパの職人の違いも感じました、たとえば鉋(かんな)という木を削る道具をとっても、日本人は包み込むように引くんです。海外は向こうに押し出すみたいな感じ。他にも材料に対する扱いとか、手道具に対する扱いとか、しごとへの向き合いかたみたいなところで、やっぱり日本の職人には独特の「気遣い」を感じました。ヨーロッパの職人にも精神性はありますけど、少し力で行くというか、スポーツっぽいというか。日本人は宗教的な感じです。

塚原 「ヨーロッパと日本」となると、かなり対極的なところも多いと思うのですが、同じアジアで同じルーツを持っている技術でも、全く違うなと思ったことがあります。ひとつ例を挙げると、漆塗り。漆の技術は中国から朝鮮半島を渡って日本に入ってきた技術も多いのですが、「それぞれの地域で何が違うんだろう?」と興味を持って、各国の美術館を回ったり、生産者さんや職人さんのところに行って、見せてもらったりしたんです。

そうすると、菱田さんがおっしゃっていたとおり、精神性とか思想とか姿勢とかが違うので、出てくる物も結構変わってくるんですよね。

中国の漆の作品って今でこそ繊細なんですけど、昔のものを見ると、大陸文化といいますか、かなり力強いんですよね。それが朝鮮半島に渡ると半島文化になっていくというか、すごく繊細になってくる。繊細微妙なものを表現されている職人さんが多くて、半島文化だなと思うんですけど、それが日本に来ると島国文化になっていくんです。自然へのありがたみを感じたり、自然を尊重する気持ちがあって、島国に暮らす日本人ならではの作風になってくる。

地震があって津波があって、自然には勝てないと思い知らされている、その自然観のもとでつくっていくモノ。日本は最終的な終着点だったので、大陸文化的な強さも持っていますし、半島文化的な繊細さも持ち合わせているんですが、やっぱり島国文化としての「自然に対する畏敬の念」みたいなものが現れている作品が非常に多い。

同じアジアであっても、つくる方々の姿勢、思想、その背景にある価値観が違ってくると、全くもって別なものが生まれてくる。僕は漆というものを通して、そういうことを感じていました。

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