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職人は「職業じゃなくて生きざま」世界が注目する大工アーティスト菱田昌平が見すえる、日本の手しごとが変える未来

職人は「職業じゃなくて生きざま」世界が注目する大工アーティスト菱田昌平が見すえる、日本の手しごとが変える未来

時間がないと失敗ができない

菱田 昔は大工の修行で、まずは5年間。その後、親方にお世話になった御礼奉公でプラス1年、計6年間の修行期間がありました。私も大体ひと月に休みが1日か2日というサイクルで5年間修行させていただいて、御礼奉公の1年に入ったときに親方が65歳でしごとが無くなってしまったので御礼奉公は無くなり、5年で年季明けとなりました。

大工はやはり時間をかけて学んでいくもので、技術以外の部分を学ぶのに時間がかかるんです。みんな大工しごとが好きだから職人をやっているんですよね。だから遅かれ早かれ技術って誰でもついちゃうと思うんです。

ただやっぱり、塚原さんの本にもあったんですけど、身につけた技術を使いこなせる「人柄」がすごく大切なんです。私は建築が生業なので、スタッフにも日頃から言っていることなんですけど、「僕たちはお客様がいらっしゃらないと無能集団で役に立たない。だからこそお客様の言いなりにはならない」のです。

こちらはプロだから、お客様が言葉にできないような、だけどお客様が感じられていることをちゃんと酌み取って、すばらしいものでお返しするというのがプロのしごとだと思っています。そこに技術はあって当然で、一番大切なのがお客様の心を読み解く「精神性」なんです。

住宅って、生涯で一番高い買物になるわけですから、こんなハードルの高い会社に来ていただく方に、いかに一番最初のフェーズで心を開いていただけるか? そもそも「心を開くってどういうことかな?」って、私も20代から現場で働いて考えていました。

私も昔は親方と二人っきりだったので、否応なく親方の精神性を毎日ぶつけられる環境にいて、大工としての精神性は自然と身についていったのですが、今、菱田工務店は企業になってしまっている。労働環境も変えなきゃいけない、週休2日制とか残業も申請しないといけないとか、昔の環境と全く違っていて、そこで何をどう伝えようかって難しい部分もあるんです。

現実的には、しごと以外のクラブ活動みたいなものづくりの時間をつくって、しごとではなく楽しみながら、互いに気を遣いながら勉強してもらおうとか、しごと以外の時間を月に1回取って精神的な話だけをするとか、気遣いや精神性といった「技術以外の一番大切なもの」が、なんとか若い子たちの血肉に入ってくれないかなと思いながらやっています。

うまくいっているときって、人は何も学ばないと思うんです。失敗したときが一番学ぶべき時期で、技術にしてもまずはできる範囲内でやらせてみる。「やって、こけて、死なない」ぐらいの課題を与えて、失敗したときに振り返る。そうして体で覚えていくということを、会社の枠組みのなかで6年かけてやっています。なぜ6年必要かというと、時間がないと失敗ができないからです。

人間らしく暮らせる家に住みたい

――菱田さんのつくる家は、窓が広々としている印象があります。最近の標準的な新築家屋は小さな窓、細長い窓が主流のようですが、菱田さんが考える「窓」とは?

菱田 おっしゃる通り、窓って実は今、住宅業界の考えでは「できるだけ小さくしましょう」という風潮なんです。なぜかというと性能で売りたいから。

窓を小さくすればするほど、断熱性能と気密性能が上がるんです。それらを数値化して、その数字で売る住宅メーカーがたくさんあるので、そこに追随してしまう工務店さんが多いんです。だから小さな窓、細長い窓の家ばかりが建つ。それは一般論です。

ただ私の概念に一般論はあまりないので、「だったら発泡スチロールの箱の中で住めば?」となっちゃうんです。それって人間として何の豊かさもないでしょうと。美しさも何も感じられないんじゃないかと、私もすごく感じているところです。

窓って、家の中と外をつなぐこともできるし、遮断することもできる。光や風の居場所にもなるんですね。それが私はすごく大切だと思っています。

空間って面白くて、私たちが建築を始めるとき、地面に地縄という縄を張るんですが、その縄で囲った敷地に立ってみると、ほぼ全員が「小さい」と言うんですよ。数字としての平米数と比較して、「何、この小ささ?」ってなるんです。

人間って、そこに壁と天井ができて初めて「空間」と認識できるんです。壁と天井に囲まれたとき、「自分は空間の中にいる」と認識するんです。それは下手をすると「壁に閉じ込められている」という認識にもなってしまうので、そこに窓をつけてあげると、空間が外に広がるんですよ。数字的な大きさとか数字的な性能値を、窓が全部飛ばしてくれるんです。

日本を出るとよくわかるんですけど、やっぱり日本って美しい四季があるじゃないですか。それを一番感じられるのは窓辺なんです。私の自宅はリビングが大きな窓で庭に抜けていて、カーテンはつけていないので、外の景色がそのまま目に入ってくるんです。去年2ヶ月ほどベルギーにいて11月頃帰ってきたんですけど、帰国して自宅のリビングで目覚めた朝、庭を埋め尽くす落ち葉が一気に視界に入ってきた。

そうしたら、それまで邪魔なものだと思っていた落ち葉が美しく見えたんです。2ヶ月ぶりの日本は落ち葉すら美しくて、「日本の四季ってすばらしいなあ」って感動しました。

自分自身のそういう体験もあるので、今の住宅業界の考え方とは真逆に、窓は大きく取ります。もちろん性能値も取れるので、断熱性や気密性も考慮して全体の設計をします。家を建てるとき、空間というものをより広げて美しいものにするために、窓は大切なものだと思っていますね。

塚原 菱田さんの家で過ごしていると、ちゃんと息している気分になります。息継ぎして人間に返った気分になるんですよね。

最近、けっこう長い時間オフィスで過ごしたり、地方に行けないときは社内にいるんですけれども、やっぱり何とも息が詰まってくる。そんななか、今日も東京から1時間ちょっとかけて坂城に来たんですけど、息をして人に返った気分になっているんです。

これ何でなんだろう?と思ったときに、やっぱり使っている素材が、壁も天井も全部土ですし、今こうして触れている机も木ですし、座っているのもKOMAさんの椅子だったりと、自然素材が暮らしの中にある。それって人間にとって、人間の心にとって、すごく大事なことじゃないかなと思っています。

「人は自然の一部」というふうに考えたときに、木や土といった自然素材の中で暮らしていくことで、人間らしい暮らしができるような気がしていて、ここに来ると都心のきゅうきゅうに詰まったマンションに対して疑問を抱かずにいられなくなってくる。だからといって東京の住宅が駄目という話ではないんですけれども、菱田さんの家では人間に返った気分になります。

そして「ちゃんとし過ぎてない」というところも大事かもしれません。菱田さんの家は、変にピカーッてしていないです。この机もそうなんですけど、「ピカーッとして真っすぐ」という感じでもない。

菱田 手鋸を引いたままなんです。

塚原 ですよね。本当に引いたままで、きっちりし過ぎてないみたいなのはすごく大事だと思っていて。「こうしてやろう」という意図があまりにもピタッとしている空間は、ちょっと息苦しくなっちゃうと思うんですけれども、「ちゃんとし過ぎていない」、そういう心地良い具合があると思うんです。

人と共存して、心地良い距離感になるような、素材の手の入れ方もあるのかもしれません。本にも書きましたけど、自然素材だからといって丸太のままでいいかというと、そんなことはない。逆に手の込んだことをしてピカーッと光らせたらいいかというと、それも違う。

緊張感を持たずに「心地良い」と思えるような自然との間合いが、菱田さんの家にはあるのだと思います。

構成/高山リョウ 撮影/菱田桔平

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