より過激な体罰否定派たちの主張

体罰反対派の論調の中には、さらに強い調子で体罰否定を繰り広げるものがあります。
彼らにとって重要なのは、「たとえ軽くても、たとえ頻度が低くても、子どもを叩くことを社会が認めてよいのか」という問いのほうです。
この流れは Gunnoeらの2025年論説に合わせて突然生まれたものではなく、それ以前から一貫して存在していました。
その土台をはっきり示したのが、Gershoffらの2018年論文です。
これは新しい実験をした研究ではありません。
何百本もある体罰研究を見渡し、無作為化実験が少なくても、因果関係をかなり強く推論できるかを整理したレビュー論文です。
著者らはそこで、体罰は身体的虐待と同じ種類の不利益と結びついており、その関連は文化や家庭、地域が違ってもかなり一貫しているとまとめました。
そのうえで、親は体罰を避けるべきで、心理職は反対を助言・啓発すべきであり、政策立案者も代替手段を公衆に伝えるべきだと踏み込みます。
ただこの2つの主張には、はっきりした断裂があります。
前半は「研究全体をどう読むか」という実証の整理で、後半はそこから一気に政策や専門職の役割にまで進んでしまうからです。
つまりこの論文は、最初から結果だけでなく、そこから何をすべきかまでを書き含める設計になっているのです。
しかも Gershoffらは、「けがを負わせない範囲の体罰だけは別物として安全圏に置ける」という考えにも、かなり強く反対しています。
その姿勢がさらに露骨になるのが、彼らの翌年の論文です。
これは新データを出す論文ではなく、体罰容認側のコメントに対する返答として書かれたものです。
だから性格としては、研究報告というより論争文に近いです。
そこで著者らは、「体罰が有益だとか、他の方法が効かないときの必要なバックアップだという証拠は、ほとんど存在しない」「子どもをたたかずに社会化する方法は必ずある」とかなりストレートに言い切ります。
そして最後には、「親や養育者は決して体罰でしつけるべきではない」とまで書いています。
しかもこの反論文では、喫煙と肺がんの関係をめぐる議論にもなぞらえ、反対意見が残っていても最善の証拠で政策は動くべきだという姿勢ものぞかせています。
ここまで来ると、もはや「体罰には条件つきの余地があるかもしれない」という議論に付き合う気配はほとんどありません。
もっとも、「全面禁止寄りの反対派は、強いことを言うだけでデータが薄い」と片づけるのもフェアではありません。
最近の個別研究の中には、子どもの行動を正す目的で、けがは負わせないが痛みを与える比較的軽い体罰であっても、「害のない行為とは言えない」という方向を、かなり丁寧な観察データで支えようとするものがあります。
たとえば Kangらの2025年研究は、米国の大規模縦断データから約1万2800人の子どもを使い、5歳半のときに体罰を受けた子どもと受けていない子どもを、家庭環境や子どもの元の状態をできるだけそろえて比較しました。
その結果、5歳半の時点で受けた、こうした比較的軽い体罰は、6歳半・7歳半での学びへの向き合い方の低下と結びつき、その関連は「過去1週間に1回だけ」という低頻度に絞っても残りました。
著者らはここから、こうした体罰は、たとえ虐待とまでは言えない形であっても、害のないやり方とは言えないと述べています。
ただ Kang論文でも、結果と主張は完全に同じではありません。
結果として直接出ているのは、「たとえ低頻度でも、後の学びへの姿勢にマイナス方向の関連が見えた」という点です。
しかし著者らは結論部で、そこからさらに一歩進んで「家庭内での身体的な体罰を法で禁じることは重要な一歩になる」と書いています。
これは論理的には理解できますが、厳密に言えば、この1本の研究が直接示したのは法的禁止の効果ではありません。
ここにも、先ほどから話しているズレがあります。
つまり、観察研究の結果から、より大きな政策提言へ飛ぶ部分です。
全面禁止派の論文では、この飛躍がしばしばかなり自然なものとして扱われがちです。
最後に de Camargoの2025年論説では「体罰に効果があったとしても、それだけで正当化はできない」と言い切ります。
問題は科学的に効果があったか無かったかではなく、倫理的に許されるかどうかが重要だとする視点です。
そのためこの論説には新たな実験結果や観察結果はなく、著者の倫理的な意見が主な内容になりました。

こうして見ると、体罰反対派の中でも立場は一枚岩ではないことがわかります。
あくまで科学的分析を最大限に行い反体罰へ繋げる立場と、そもそも権利の問題として「効果があるかどうかに関係なく」一切の認めない方向へ向かう立場が、少しずつ重なり合った流れなのです。
しかし共通しているのは、「軽い体罰なら安全かもしれない」という逃げ道を、できるだけ狭くしたいという方向性だと言えるでしょう。
ただここで紹介してきた「体罰反対派」の研究結果のどれもが体罰容認派のGunnoeらが想定する「必要な場面での適切な体罰」そのものを正確に調査して「これ自体が有害だ」と実証できていないのも事実です。
一見すると反対派が実証合戦による直接対決を避けているように見えますが、そう単純な話ではありません。
直接的な実証(つまり無作為実験)を行うには子どもを無作為に「叩く群」と「叩かない群」に分ける必要があります。
1980年代ならば辛うじて近い事例からデータを得られましたが、今同じ実験を小学校なり幼稚園やろうとしても、倫理的に絶対に許されないでしょう。
つまり実証したくてもできないわけです。
そのため現在の体罰反対論は、「必要な場面での適切な体罰」の害を直接実証してから禁止へ進むのではなく“まわり道”的な因果の「推論」や倫理判断で禁止を正当化する方向へ進んでいます。
ただ、この流れには利点もあります。
体罰を強く否定する空気が広がることで、「しつけ」と呼べないような不当な暴力まで正当化されにくくなるからです。
つまり現在の反体罰の強い傾きは、狭く定義された「適切な体罰」まで一緒に押し流してしまう粗さを持ちながらも、現実には、もっと露骨で理不尽な暴力から子どもを守れるなら、とりあえずは結果オーライというわけです。
ただ話はここでは終わりません。
「理想的な体罰」と「フグの調理免許」の関係――できる人だけやる、という危険

これまで数多くの研究論文をもとに、体罰容認と体罰反対の主張をみてきました。
そして体罰容認派と体罰反対派がかみ合わない根源的な部分には、実証しているもののすれ違いや反対派の実験結果を飛び越えた政策提言などの思想が大きく影を落としていることも見えてきました。
では学術的な問題はさておき、もっと現実的で生々しい場面ではどうでしょうか?
この観点からは、別のものも見えてきます。
それは体罰容認派の基準に合う体罰とは、同時にきわめて強い自制心を前提にした体罰でもあるという事実です。
年齢、回数、強さ、場面を厳しく絞り、怒りに流されず、見せしめにもならず、その場かぎりの短い介入として止める。
そうした「理想条件つきの体罰」は、言葉にすれば整って見えますが、実際にはどれほどの親が安定して実行できるのか、という問題が残ります。
多くの場合それは、親がいら立ち、子どもが反発し、家庭の空気が張りつめた感情的場面で選ばれる行為です。
そして政策は、最も自制的な親を基準に組むべきではありません。
現実には、冷静な一打だけで終わるはずだったものが、連打になり、見せしめになり、しつけの名を借りた感情の放出に変えてしまう親たちも存在するからです。
フグが免許を持つ人にしか調理を許されていないのは、「できる人はやればいい」としてしまうと、できない人まで手を出し、危険が広がるからです。
同じように、「きわめて強い自制心を前提にした体罰」もまた、「できる人はすればいい」で済ませるには危うい性質を持っています。
体罰はそれを受ける子供だけでなく、親の問題でもあると言えるでしょう。
参考文献一覧
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ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部

