総裁選を左右した党員票の力
日本で初めて女性総理を実現させた生みの親――。
麻生太郎は25年の自民党総裁選のあと、巷でそう持ちあげられた。しかし、必ずしも初めから女性総理誕生の絵を描いていたわけではない。
先に書いたように、25年の総裁選における立候補者の顔ぶれは、石破が抜けたくらいでさほど変わり映えがしなかった。したがって麻生は選挙序盤から誰を推すか決めかねていたようだ。先の政界通が打ち明ける。
「麻生太郎には、こんどこけると政治生命が終わる、という危機感があったと思います。だから25年の総裁選では、是が非でも勝ち馬に乗らなければならなかった。そのために候補者の人気や動向を慎重に見極めようとしていて、そのなかで初めに推そうとしたのは小泉進次郎だった」
選挙の構図は小泉、高市、林、小林、茂木の5人の争いである。前述したように小泉進次郎には、旧石破陣営だけでなく、河野太郎や加藤勝信といった24年組の候補者が次々と〝推薦〟を決めた。議員票で圧倒できるうえ、前回伸び悩んだ党員票も、石破票の加算を期待できるので、高市票にも負けない。そう踏んだ。
石破政権下の選挙で惨敗したせいで自民党では、衆参両院の国会議員が295と激減した。25年の総裁選では、そこへ同数の党員票が加わって590票の奪い合いとなる。となると、1回目に295票を超えれば、それで総裁が決まるわけだ。選挙序盤の予想では小泉の議員票は100を大幅に超え、党員票で大勝ちすれば決選投票にもならず1回目で小泉に決まるのではないか、とまで囁かれたものである。
ところが、ふたを開けると、小泉陣営の皮算用は外れた。議員票では高市の64に対し、小泉は80と辛うじて高市を上回ったものの、党員票で119対84と大差をつけられてしまう。合計すると183対164,小泉は3位の林の134とさほど変わらず、トップどころか大きく後退した。ちなみに林が獲得した票の内訳は、議員票72で党員票62だ。
「これはわからなくなってきました。高市総裁がありうるかもしれない」
ある5回生のベテラン議員は1回目の投票結果を踏まえ、そうメールしてきた。そうして総裁選は決選投票に持ち込まれた。
なぜここまでもつれたのか。その大きな要因は、高市の党員票にほかならない。前回の24年総裁選のときも戦前の予想を覆して高市が石破を超えた。自民党幹部職員が分析する。
「石破さんは防衛庁長官や農水大臣などを歴任してきたので、防衛や農政に強い政策オタクの印象があり、安定感もあります。ただし呑み会が嫌いで党内の議員仲間が少ない。その代わり、地方創生担当大臣を経験したときに全国をまわり、地方の自民党議員や党員と接してきた。
自民を飛び出したこともあったけれど、保守派を自認していて人気があり、圧倒的な党員の支持を得てきました。2012年9月に安倍さんと争った党員票が、そんな石破さんの強みを物語っています」
自民党が政権カムバックする前の安倍対石破の12年の総裁選では、石破が1回目の投票で立候補者5人中トップの199議席を獲得し、安倍の141を圧倒した。うち石破の党員票は165もあり、2番手の安倍87のダブルスコアー近い。しかしこのときの総裁選は自民が下野していたため、決選投票は国会議員のみとされた。
結果、安倍が108票と石破の89票を逆転した。総裁選そのものが民意を反映していない、という批判が上がった一方、この年の衆院選では自民が民主に勝利し、安倍が総理、総裁として第二次政権をスタートさせる。
安倍はそこから衆参の国政選挙だけでなく、都議選をはじめとした地方選挙にも連戦連勝して〝安倍一強〟と呼ばれる盤石な政権を築く。もっとも当時と今では、党員そのものがすっかり様変わりしている。先の政界通が分析する。
「安倍さんの選挙手法としてしばしば取り沙汰されたのが、インターネットやSNSを駆使した選挙戦です。安倍政権では電通がその選挙戦略を担っていたけれど、自民党内の保守系議員たちも独自にSNS選挙を展開していきました。その最たる人が高市さんだったのです。高市さんは選挙のためにSNSを駆使して自民党員を掘り起こしていきました」
自民党は2025年10月、24年の新規党員獲得ランキングを発表した。それによれば、1位が参院議員の青山繁晴で実に4年連続のトップ、2位が高市早苗だ。3位は堀内詔子(山梨2区)、4位が外務大臣の茂木敏充(栃木5区)となっていた。この上位4人は前年と同じ顔ぶれで、5位が森山𥙿幹事長(鹿児島4区)、6位の細野豪志(静岡5区)、7位の武田良太、8位の城内実(静岡7区)、9位の宮路拓馬(鹿児島1区)、10位の小野田紀美参議院議員と続く。
トップの青山は言わずと知れたゴリゴリの保守・タカ派議員で、総裁選における高市の推薦人である。このなかで武田(旧二階派)は石破政権時代の24年の衆院選で落選して翌25年の総裁選に投票できなかったが、1回目で林を推していた堀内、さらに茂木本人も決選投票では高市に票を投じていると見られる。
ベスト10にランクインした顔ぶれのなかでは、財政規律派として知られる鹿児島選出の森山と宮路(森山派)の2人が異質といえる。宮路は25年の総裁選で小泉の推薦人に名を連ねている。この2人を除き、旧二階派の細野をはじめ、ほとんどが決選投票で高市に投票している。
わけても青山、城内、小野田の面々は「高市親衛隊」と呼ばれる側近たちだ。第15代警察庁長官を務めた城内康光を父に持つ城内は、高市内閣で日本成長戦略担当大臣と内閣府特命担当大臣(経済財政政策 規制改革)に起用され、小野田は外国人との秩序ある共生社会推進担当大臣や内閣府特命担当大臣(クールジャパン戦略、知的財産戦略、科学技術政策、宇宙政策、人工知能戦略、経済安全保障)に抜擢された。
彼らタカ派の議員が党員の新規獲得に精を出してきた結果、高市推しの党員が急増したわけである。
それがこの数年の総裁選にも影響している。選挙の神様の異名をとる元自民党幹部職員の久米晃が党員事情を説明してくれた。
「もともと自民党員には地域党員と職域党員という種類がありました。たとえばそれぞれの業界における職域団体が獲得する党員が多ければ、参院の比例順位が上に行くと思い込んで、かき集めてきた経緯があります。業界として肝煎りの議員を国政に送り込みたいから一生懸命でした。
実際、比例代表の順番をつけるにあたっては、単純な党員数だけではなく、どれだけ選挙区候補者との連携をしているか、党活動に貢献しているか、という評価が加味されるのですが、たしかに党員の数も比例の順番に反映されていました。
党員はたいてい地方議員が集め、最盛期には500万人に上っていました。自民党にはそうした昔からのコアの党員が残っています。しかし、だんだん業界や地域それぞれの影響が失われ、党員の獲得活動も下火になっていきました。そうして全体で100万人を割ってしまいましたが、それだけに新たな党員の発言力が増しているのでしょう」
直近の数字で見れば、24年の総裁選のときの党員数が105万人、それが1年で14万人も減って90万人あまりになっている。換言すれば、党員数が少なくなった分、総裁選においては一人一人の票が千鈞の重みをもつことになったのである。
勝敗を分けた麻生太郎の決断
それでも2025年の自民党総裁選では、政治評論家を含めた多くのマスコミが小泉有利と見ていた。1回目の投票時点でも、女性宰相誕生を予言した声はほとんどなかった。
選挙期間は9月22日の告示から投票日の10月4日までの12日間だ。9月12日から27日までの15日間だった前年の総裁選と同程度に見えるが、前回はすでに7月26日に選挙管理委員会が発足し、党内が選挙態勢に入っていたので、事実上の選挙期間は2カ月近くあった。
25年の総裁選の決勝戦は小泉と石破が入れ替わっただけの高市対小泉の一騎打ちであり、文字通りの短期決戦だった。
さすがにこの時点では誰もが1回目の投票で決まるとは考えていないようだった。繰り返すまでもなく小泉有利の下馬評の根拠は、決選投票時の党員票が都道府県連の47しかないため、295の議員票が決め手となるからだ。
先述したように決選投票になれば、旧岸田派やそこに連なる林、自らの派閥を率いてきた茂木、旧安倍派を中心に若手グループを束ねた小林といった各陣営の評がいっせいに小泉に流れると予想された。
事実、小林陣営のある代議士は選挙戦の終盤までこう話していた。
「9人も乱立した前回に比べて今回は5人に絞られたけれど、今回も決選投票は免れない。そうなれば、うちは小泉に入れると決まった」
改めて総裁選の票読みをすると、295の議員票プラス47の党員票の合計342議席のうち過半数である172議席を獲得すれば、総裁の椅子が転がり込んでくる。
小泉陣営は1回目の80に92の議席が加われば過半数に手が届き、高市陣営の1回目獲得票は64なので過半数には108議席が必要になる。単純計算しただけなら、小泉陣営には16議席のアドバンテージがあった。
おまけに1年前の総裁選では旧岸田派の票が石破に流れており、小泉陣営はそこも見込んだ。林票も高市には向かないと考えられており、高市は不利な状況に変わりなかった。
そんななか現存する麻生派は衆院解散(26年1月)前に衆参43の議席を抱えていた。仮に小泉陣営に上乗せされれば、それだけで123に達する。小泉は47の党員票を含め、あと49をかき集めればいいわけである。
逆に高市陣営は47都道府県の党員票のうち40を制しても議員票で68議席を獲得しなければならない。現実には36票しか取れていない。
実のところ、勝ち馬に乗らなければ政治生命の危うい麻生太郎も総裁選当初、「決選投票は小泉」という方針だった。政界通が明かす。
「麻生は小泉に入れるのは気が進まないけれど、背に腹は代えられずやむを得ないと考えていたはずです。今回は表向き派閥議員に対し自主投票という形をとって、1回目の投票は麻生派の40票あまりの票が分散していた。
わけても茂木と小林の陣営に票を貸し出し、1回目の投票で体裁を整えさせて両陣営に恩を売っている。だから小林も1回目に5人の候補者中4位に入れたのですが、決選投票では貸し出した票を返せ、といえる」
決選投票のキャスティングボードを握れるわけだ。小林は1回目の投票で推薦人20議席から2人上乗せして44議席をとり、茂木の獲得議席は合計34と振るわなかったが、それらの票がどううごくか、である。
「党員票は世論を反映している。したがってわが派は決選投票で党員票でトップになった候補者を推してはどうか」
麻生派内でそんな声があがったのは、投票日前日の10月3日である。党員票の獲得順位という判断基準は、一見すると正論に思える。だが、その実、高市に票を入れるのと同義だ。麻生派はこの日の夜に会議を開いて高市推しの方針を決めた。麻生派幹部が話した。
「かなり危険な賭けの勝負ではありましたが、大義名分が立てば勝てると判断したのでしょう。麻生さんが高市を買っているわけではありません。ただ、茂木さんや小林さんに貸し出している派閥の票を高市にまわせば勝てると考えたのです」
他の旧派閥に麻生派の方針を伝えていった。しかし、当の小泉陣営ではこの動きにまったく気づいていない。同じ10月3日夜、赤坂の議員宿舎には木原誠二をはじめとした小泉陣営の幹部議員が集い祝勝会まで開いている。
そうして1回目の投票を終え、石破票の受け皿になるどころか小泉の党員票は84と高市の119に遠くおよばず、議員票では80しかとれなかった。当人はさぞかしショックを受けたに違いない。せめて議員票で100票あれば勝ち馬に乗ろうとする議員がいたかもしれないが、あまりに少なかった。
小泉は顔色なく、最後の演説も上の空だった。現実の決選投票を振り返ると、議員票は高市の149に対し、小泉は145、党員票は高市36に対し、小泉が11なので、185対156で高市が圧勝した。このなかで注目すべきが議員票で、高市は64から85議席も上乗せされているのだ。この流れをつくったのが、麻生太郎にほかならない。
小泉進次郎はなぜ高市早苗に敗れたのか。
「政策ひとつ語れない軽薄な人物に国の舵取りを任せられない」という国会議員の意識が働いた結果、あるいは「強いリーダーを求め保守支持層を固めた女性宰相への期待」ともいわれる。そのどちらも正しい気がするが、それだけではない。(敬称略)
文/森功

