
花の香りや蝶の色、鳥のさえずりを「きれいだな」と感じるのは、当たり前のようでいて、実はかなり不思議なことです。
なぜなら、それらはもともと私たち人間を喜ばせるために進化したわけではないからです。
なのに私たちは、そこに後から入ってきた部外者なのに、「あ、いい音」と反応してしまいます。
今回の研究では、この不思議を真正面から調べ、人間の耳や脳の奥には、動物たちとある程度共有された美しいと思う「感じ方の土台」が残っている可能性が示唆されました。
研究内容の詳細は2026年3月19日にカナダのマギル大学(McGill)やアメリカのテキサス大学オースティン校(UT Austin)などによって『Science』にて発表されました。
目次
- なぜ人間なしで進化した動物の鳴き声を美しいと感じるのか?
- 種を超えた音の美意識が存在する
- 美は文明ではなく生物学的なものかもしれない
なぜ人間なしで進化した動物の鳴き声を美しいと感じるのか?

初めてウグイスの鳴き声を聞いた時、あなたはどう思ったか覚えていますか?
詳細に覚えているひとは少ないでしょうが「その声の醜さに思わず耳をふさぐ」ということはしなかった人が多いでしょう。
むしろ「アッ!」という驚きや興味だけではなく「良い音」と感じたことだと思います。
また南国の色鮮やかな羽の鳥を初めてみた多くの人々も、「美しい」と思うでしょう。
南国の鳥の鮮やかな色、草木の綺麗な色合い、鈴虫やカエルや鳥たちの発する美しい音。
これらの多くは、生物どうしのやり取りの中で、相手に届きやすい特徴が選ばれてきた結果だと考えられます。
そして、この進化は先に述べたように、人間不在のまま起きたにもかかわらず人間もそれらを「美しい」と感じてしまいます。
クジャクのオスの美しい尾羽は、クジャクのメスに気に入られるための信号として進化したのに、全く別の種である人間に「美しさ」の感動を覚えさせてしまっているのです。
これは単なる偶然の一致に過ぎないのでしょうか?
実は、これまで種をまたぐ音の研究が主に見てきたのは、警戒音、苦痛音、攻撃音や服従のサインのような“イヤな音”でした。
ざらついた悲鳴や切迫した鳴き声は、多くの動物で不快に感じられ、人間もそこにかなり敏感です。
ですが今回の研究はあえてその逆、つまり種をまたぐ「美しさの認識」について調べることにしました。
種を超えた音の美意識が存在する

生物の垣根を超えた「美しさ」の意識は存在するのか?
調査にあたって研究者たちはまず動物たちの「鳴き声」を集めました。
ただこの鳴き声集はちょっと特殊で、各動物たちの仲間内で「好まれる声」と「そうではない声」がペアで含まれていました。
集まったのは16種・110組で、主にオスが出す求愛の鳴き声にメスがどう反応したかで、どちらがより魅力的かが判断されています。
人間でもイケボとそうでない人がいるように、動物たちの世界でも好まれる鳴き声とそうでない声があるのです。
次に人間の参加者4196人を集めて、それらの鳴き声を聞いてもらい、どっちの鳴き声が「良い」と思うかを答えてもらいました。
すると動物たちが「良い」と思う声も、人間たちも「良い」と答える傾向が見えてきました。
また好みの強さも連動していました。
動物側の好みが比較的はっきりしている鳴き声の組み合わせ、つまり動物が66%前後「こちらの声のほうがいい」と選ぶペアでは、人間も56.4%の割合で同じ側を選びました。
さらに、動物が75%ほど「こちらの声のほうがいい」とするペアでは、人間が同じ側を選ぶ確率が59.5%まで上がりました。
要するに、動物の“推し声”がはっきりしているほど、人間の選び方もそこに近づいたのです。
「良くても6割程度か…」と思うかもしれませんが、こういう種をまたぐ比較で、しかも人間はその音が動物にとって何を意味するかは知らないまま聞いていることを考えると、この有意差の持つ意味は決して小さくありません。
また人間の答える回答速度に目を向けると、さらに面白い結果が見えてきました。
被験者たちは動物がより好むほうの声を選んだときには、そうでない声を選んだときよりも、回答が平均51ミリ秒速かったのです。
では、人間はどんな音で動物と足並みがそろいやすかったのでしょうか。
ここで目立ったのが、飾り音のついた声です。
論文では、細かなふるえ音(トリル)、カチッという短い音(クリック)、「コッ」と付け足す短い音(チャック)のような追加パーツがついた声で一致が強まりました。
シンプルな一声より、ちょっと飾った一声のほうが種を超えて好まれたと言えるでしょう。
恋の世界は、動物でも人間でも、少しばかり派手な要素に引かれやすいのかもしれません。
さらに面白いのは、動物の声に詳しい人や音楽の専門家だからといって、動物の好みとの一致率が特別高くはならなかったことです。
少し効いていそうだったのは、毎日どれくらい音楽を聴いているかでした。
耳の訓練というより、著者らの見立てでは、ふだんどれだけ音を浴びているかのほうが、じわっと効いていた可能性があります。
一方で、低めの音が選ばれやすいという傾向は、全体で見ると主に人間側に目立っていました。
著者たちは、これは人間特有の音の高低の感じ取り方と関係している可能性があると考えています。
つまり人間は、音を「いい感じ」と思うとき、音の高低に少し引っぱられやすかったのかもしれません。
カエルの鳴き声の一部では、カエル自身も人間も低い周波数の声を好みました。
もしかしたら重低音マニアという点では、人間と一部のカエルは音楽談義で仲良しになれるかもしれません。

