冷徹なイメージに反する、選手思いな一面
ただ、長時間やらせることを目的にしていたわけではない。
「お前、調子悪いんだろ、じゃあもっと打つんだったら、打ちゃあいいじゃないか。そこの(打撃)ケージを独り占めさせて打たしてる。何でできるまで時間を伸ばしてでも、やらないんだっていうのが、俺のスタイル」
「必ず優勝するんだっていう気構えだけはあった。だってこんだけ練習して優勝できなかったら、次の年から、どうやって練習すりゃあいいのかって考えちゃうじゃん。ナンボ練習したって勝てないんだっていうふうに思われると困るんでね。04年っていうのは、〝練習したらうまくなるんだ、強くなるんだ〞っていうことを意識づけるために、必死にやった年」という言葉からも、選手の改善、チームの優勝のための手段として行っていたことがわかる。
このキャンプで逃げ出さなかった荒木雅博、井端、森野将彦は落合中日における象徴的な選手に成長している。
このような手法が、ハラスメントへの意識が高まった現代野球においても通用するかは定かではない。それでも、当時の経験が彼らの基盤を形づくり、球史に残る名プレーヤーへと押し上げたことは否定できない。また、選手たちもこれだけ練習し、初年度から優勝したことにより、自信がついてさらに練習をするようになったという。
このキャンプや練習量は、落合が強制的にやらせていたイメージが強いが、選手も自らを追い込んで、レベルアップしたことがわかる。そもそも落合もノックを打ち続けたり、コーチを練習が終わるまで付き合わせたりしていることから、冷徹なイメージに反して、選手思いであったことがわかる。
「守り勝つ」だけでは括れない野球
落合の采配を象徴する考え方が「50敗しても90勝できる」という言葉にある。完璧主義に陥らず、シーズン全体の大局観を持つことで、夏場以降の勝負強さを武器にできた。また、チームビルディングの特徴は、投手を中心にしたうえで、参謀役の森繁和に任せた点にある。
森は投手陣の細やかな運用からマネジメント、外国人選手のリクルーティングに強みを持ち、落合の合理主義を現場で補完する役割を果たした。両者の中長期かつ緊密な連携が、中日を常勝軍団へと押し上げる基盤となった。
キャンプ初日からの紅白戦も、川崎憲次郎の開幕投手抜擢もその一環である。選手を競争にさらしながらも信頼を示し、潜在能力を引き出す。まさに「現有戦力の底上げ」を体現するマネジメントだった。
落合といえば「守り勝つ野球」である。守備の要である谷繁元信、荒木と井端の〝アライバ〞コンビといったセンターラインを軸に、渡邉博幸、英智といった守備型選手を要所で起用。チーム全体で鉄壁のディフェンスを築いた。
失策数45は91年の西武以来の最小記録で、ゴールデングラブ賞を6人(川上憲伸、渡邉、荒木、井端、アレックス、英智)が受賞。受賞こそならなかったが、谷繁は得票数2位、福留は4位と鉄壁のディフェンス陣だった。
ボールが飛ぶ傾向にあり攻撃偏重のチームづくりが目立った当時のプロ野球界において、極めて異色な戦略だった。
シーズンを振り返れば、巨人がプロ野球記録の259本塁打を放った一方、中日は本塁打わずか111本でリーグを制覇。得失点差は巨人の61点を上回る65点を記録し、「守り勝つ」戦略が結果に直結することを証明した。
4連敗以上は一度もない安定感。派手さではなく、負けない野球で確実性を優先する落合の姿勢が際立ったシーズンといえる。
ただし、落合は単なる守備偏重ではなく、必要最低限の打力を整えることも怠らなかった点は見逃せない。「野球脳」に優れたアライバの阿吽の呼吸に加えて、立浪和義、福留孝介、アレックスらを中心に、打順もうまく変動させながら得点を重ねた。下位にはベテランや守備要員を置きつつも、代打の高橋光信や川相昌弘ら〝一芸要員〞を効果的に活用。チーム打率はリーグ5位ながら、トップの横浜とはわずか5厘差と、必要十分な火力を維持した。
川崎憲次郎の開幕投手起用は、川崎に活を入れる意味合いだけではなかった。落合自身が野球は情報戦と言うように、この川崎の起用があったからこそ、落合が指揮を執る間はいつも、他球団やファンはもちろん、中日の選手も「何かやるのではないのか?」という先入観を持つことになった。
しかし、蓋を開けるといたってセオリー通りの起用がほとんど。この年は川上が最多勝・沢村賞・MVPを獲得。ベテランの山本昌や横浜を戦力外になったドミンゴも二桁勝利を挙げ、岡本真也と岩瀬仁紀を軸としたリリーフ陣も安定しており、チーム防御率は12球団唯一の3点台だった。
総じて、落合博満の初年度は「奇策」のイメージを植えつけつつ、「合理」と「信頼」に裏打ちされたチームマネジメントが光った。
リーグを制覇した落合中日だが、西武を率いる伊東勤との新人監督同士の対決には敗れた。5戦目で王手をかけながら逆転を許した背景には、投手起用の難しさと、主力の福留を怪我で欠く中での戦力の薄さを露呈したといえる。
余談だが、シリーズ初戦、谷繁の併殺判定を巡り規則を正確に突きつけて試合を49分間中断させた強硬姿勢は、合理主義を徹底し、「ルールがすべて」という信念を現場に浸透させた落合の姿勢を象徴している。
文/ゴジキ(@godziki_55)

