昨年刊行されて話題を呼んだ医療ノンフィクション『見えない死神 原発不明がん、百六十日の記録』。「原発不明がん」をはじめ、きわめて稀な「希少がん」に罹患した場合の困難とは、どのようなものがあるのか。医師による治療方針や患者への告知は、近年でどのように変わってきたのだろうか。そして、国は希少がん研究に対してどのような支援を行っているのか。東えりか氏が、同書の医学監修・解説を務めた下山達医師(東京都立駒込病院)にインタビューを行った。〈前後編の後編〉
実は救っていたのは「ご家族」だった
東 今回、この本を書くにあたって希少がんや原発不明がんについて調べましたが、腫瘍内科の先生って全体的に少ないですよね。がん治療においては、今後絶対に重要な存在だと思うんですけれども……。
下山 がんは治らないケースが多いですから、「負け続けなければいけない」というつらい現実に直面せざるを得ません。医者になる人間というのは、自分は何人を治したとか、この人の運命を変えたんだ、人生を変えたんだ、というのが頑張れる糧となることが多いと思います。
がんの専門に進むということは、勝てないフィールドに勝負しにいくことを意味しますので、そもそもあまり好まれないのかもしれません。
東 「治らない」という現実を理解するのは、患者としてもなかなか大変です。夫の保雄の場合も「これは治らないがんです」と言われましたが、頭が理解するのを拒むというか、じゃあどういうことになるのか具体的にイメージできませんでした。
下山 それも当然のことだと思います。少し前の時代はどうだったかというと、治らない、治療を諦めるということはイコール患者さんを見捨てることである。患者さんを絶望の淵に追い込むことだ。だから1%でも可能性があるならば、亡くなる直前まで抗がん剤治療をやるべきだ、それが医者としての正義だ、という価値観がありました。
しかし、それによって治る方は当時も1人もおられませんでした。それでも医者が諦めないことによって患者さんは救われるんだ、と先生たちは確信していたんです。ところが、実は救っていたのは「ご家族」だったんですね。患者さん当人は置いてきぼりだったんです。本当の現実をあえて伝えないわけですから。私は研修医のころ、緩和ケアに移行せず抗がん剤をやり続ける姿勢に疑問を持っていました。
実際には、余命2~3ヶ月かもしれない。本来であれば、その2~3ヶ月は大事なご家族に何を残すかとか、会社を経営されていたら従業員の方々をどうするかとか、大切なことを色々と決めなければいけない貴重な時間です。しかしそこで「治療を頑張りましょう、治るかもしれません」と言えば、その現実から目を背けさせることになってしまいます。
本当のことを言ったら、患者さんが悲嘆して自殺してしまうかもしれない。それを恐れて本当のことは家族にしか伝えず、患者さんを置いてけぼりにして治療方針を決めていたのが、私の研修医時代でした。研修医なりに、それはおかしいと感じていました。
東 昔はがんの場合でも、患者本人には言わなかったですよね。
下山 でも今は、嘘はすぐにバレます。薬をネットで調べれば何に使うものなのか、すぐにわかってしまいますから。やっぱり患者さんと真に向き合おうと思ったら、本当のことを言うしかありません。
私も経験したことがありますが、嘘がバレた瞬間に患者さんはとてつもない絶望に襲われます。誰も信じられず、頼れなくなってしまうわけです。目の前の医者は嘘を言っている、と。そういう患者さんの姿を見てきたので、医者は本当のことを言って信頼を得るしかないと思っています。
ただし、余命1~2か月の時点でそれを本人にお伝えしても、受け止められない患者さんもおられます。なので、ただ単に本当のことを言えば良いというものではありません。病状やお伝えするタイミング、そして患者さんご本人、さらにはご家族の考え方が大事になってきます。そういう意味では、最初から当科で治療を進めていれば、もっと良いタイミングでご説明ができただろうと思うことも多いです。
昨今では緩和ケアが発達しています。患者さんのメンタルの部分についても、過去の医療経験を基に「逃げる必要はない」ということがわかってきましたので、伝えにくいつらいニュースについても、できるだけ最初にお伝えするようにしています。そのほうが実は信頼関係を構築できるのだと、自分の経験からもわかってきました。なので、患者さんが知りたいという立場であれば、「この病気は治らない」ということでも隠さずにお伝えするようにしています。
緩和ケアを行う本当の意味
東 夫の保雄は最初に入院した病院でがんが見つからず、見つかった後も信頼できないと感じる出来事が続いたので、もともと駒込病院の職員だったことから転院を考え、上司の方を頼って下山先生のところにセカンドオピニオンを受けに伺いました。その時に「非常に難しいがんである」というお話と、抗がん剤治療がもしダメだった時の対処法、緩和ケアの進め方というのを教えていただきましたね。
緩和ケアと言えば、一般にはホスピスなどの「もう手の施しようのない状態」というイメージがまだ強いかと思います。私自身、保雄の病気に直面して、初めて治療と同時に緩和ケアが行われるのだということを知りました。そもそもがんにおける緩和ケアとはどういうものなのか、簡単に教えていただけますか?
下山 患者さんががんと付き合っていくために、一番守らなければいけないのは体力です。体力が無くなったら、がんに負けてしまいます。いかに体力を落とさないようにするかが大事です。そのためには、ふたつ手段があります。
ひとつは抗がん剤によってがんを小さくする、あるいは大きくさせないという方法です。がんは大きくなることで症状を出します。臓器を圧迫して痛みを生じさせたり、ご飯が食べられなくなったりしますので、それを食い止めるという治療です。
ただ、よく知られているように抗がん剤には副作用があり、むしろ体力を落としてしまう場合があります。メリットと同時にデメリットもあるわけです。メリットが上回った場合は「薬」になりますが、デメリットが上回ったら、むしろ体力を失う「毒」になってしまいます。
一方で緩和ケアというのは、がんの症状を抑え込む治療だと思ってください。痛かったら痛み止めを服用する。眠れなかったら睡眠薬を飲む。気持ちが悪かったら吐き気止めを使います。
がんを治していないじゃないか、根本的な治療ではないのだから無意味じゃないかと思われるかもしれませんが、痛みを放っておくと体力がどんどん落ちて余命が縮まります。抗がん剤は体力がない状態で使うと副作用が強く出てしまうので、まずはがんの症状を緩和ケアによって止めることを考えます。そうすれば抗がん剤治療の副作用も少なくでき、結果、抗がん剤治療が続けやすくなります。なかなか理想通りにはできませんけれども、可能な限り試みるわけです。
保雄さんの主治医だった奥屋俊宏先生は、もともと緩和ケア医が志望でした。腫瘍内科に緩和ケアの知識を融合させることで、抗がん剤治療も進めやすくなりました。その知識があるからこそ、抗がん剤治療がうまくいくんです。緩和ケアというのは、決して「敗北(=死を認めること)」ではありません。がんの症状を取るために必要不可欠な治療なんです。
これから治りたいと思っている患者さんやご家族に、いきなり緩和ケアの話をするというのは酷いことなんですが、抗がん剤が効くか効かないかは事前にはわかりません。でも緩和ケアで症状を取ることが出来れば、確実に命は延びます。緩和ケアをまず行って体力を守りながら、抗がん剤をやるかやらないかを決めていくのががんの治療です。「抗がん剤をやれば必ず完治する」といったシンプルな話ではないわけです。
東 うちの場合、かなり症状が進んでしまっていて、抗がん剤治療を諦めることになりました。最後は保雄の希望で退院して、自宅で緩和ケアを行うことになりました。これがなかなか大変でした。詳細は拙著『見えない死神 原発不明がん、百六十日の記録』(集英社)に詳細に書きましたが、私は実際、やってよかったと思っています。
いま思い起こすと、私はとても恵まれていました。保雄が亡くなったのはもちろん残念なことですが、駒込病院で診ていただいた後に、サポートを得ながら在宅介護を受けられて、最後もあまり苦しまずに亡くなりました。私に体力があり、環境も整っていて、在宅医療・看護で来てくださった方々が非常に優秀だったことも大きいです。保雄に最後の時を自宅で過ごさせてあげられた、好きな音楽を聴かせて、好きな食べ物を食べてもらえたのは幸せだったなと思っています。

