幼いころから岡田秀一さん(45)は、からかわれやすかった。「学校は嫌いで行きたくなかった」が、やさしい両親には何も言えず我慢していた。大学は10日しか通えずに中退。20代後半から10年間ひきこもった。あることをきっかけに、ひきこもりから脱して正社員として働く岡田さん。頑張り続けることができている源とは――。(前後編の後編)
生まれて初めて自分の意思で決めたこと
10年間ひきこもった岡田秀一さん(45)が、ひきこもりを脱するきっかけは、思いもよらないことだった。
「両親からは顔を合わせるたびに『就職しろ』と言われて、『就活している』とごまかし続けたけど、言われ続けることのしんどさに、限界が来たんでしょうね。
で、両親に思っていることを、初めてそのまま打ち明けたんですよ。40歳手前で正社員経験もないし、履歴書に書けることもない。こんな人間が普通に就活して就職できるとは思えないと」
岡田さんは幼いころから、学校で嫌な目に遭い「行きたくない」と思っても、ずっと我慢していた。両親が理解してくれると思えなかったからだ。
ところが、息子の本音を聞いた両親から返ってきた言葉は、想像とはまるで違っていた。
「働けないなら相談しに行かないか」
その言葉を聞いて、岡田さんはある決心をする。
「これが自分の中ではめちゃくちゃ大きくて。両親が1歩ハードルを下げてくれたんだから、こっちも一歩踏み出してみようと思ったんですね。
それまで何をするにも嫌々で、自分の意思で何かを決めたことって一度もなかったんですけど、そのとき初めて自分から動こうと決めたんです。
ずっと、他のひきこもりの人たちへの引け目もあったんですよ。
普通にいい親の元で育ったのに、結局、自分の怠けが原因でひきこもっていたんで、自分なんかが相談したら申し訳ないみたいな。それが、両親の言葉でちょっと我に返ったんでしょうかね」
10年ひきこもって得た結論「自分を捨てる」
相談に行く前に、もう一つ決めたことがある。覚悟と言い換えてもいいかもしれない。
「それまでの自分を全部捨てようと思ったんです。冷静に考えると、10年ひきこもっていたヤツの考えることなんて当てにならないはずなんですよ。だから、自分の意思をいったん全部捨てて、ゼロに戻したんです」
だが、「自分を捨ててゼロに戻す」と口で言うのは簡単だが、実行するのは相当難しい。そう指摘すると、岡田さんは覚悟を決めた理由をこう語る。
「本当に自分じゃどうにもならないところまで追い込まれたから、もうそうするしかなかったんですよ、たぶん。考えて、考えて、考えて、どん底までたどり着いて、やっと得た苦肉の策なので。
それが10年ひきこもって出た結論なんでしょうね。究極まで自己否定したら反転したみたいな感じで、なんか捨てたら楽になったんです」
自宅から近い「ねりま若者サポートステーション(自立や働くことに悩む若者と家族のための相談窓口。通称サポステ)」を訪れて、これまでの経緯をすべて話した。
できることは全部やろうと思い、プログラムを次々と受講。ビジネスマナー、ボランティア、利用者同士のお話会など、何度も通ううちに、他の利用者とも仲良くなった。
自分と同じように長くひきこもっていた人もいるし、若くても生きづらさを抱えている人もいた。
岡田さんはサポステで出会った人には、自分が10年ひきこもっていたことを隠さずに話せたという。
「本当に自分のダメな部分を普通に話せましたね。自分が吹っ切れたというのもあるんでしょうが、みんなもそうなのと普通に受け止めてくれたし、相手の方も自分の話をしてくれたんで。
もちろん、働けないことに対する劣等感はありましたよ。でも、働けていないことは事実なので、そのまま受け入れるしかない。
だから、今の自分はダメだと思っても、それが負の感情にはつながらなかったですね」

