「認められたい」が「誰かのために」に変わった
森さんが入社して最初に取り組んだのは、会社のデジタル化でした。母親が一人で経理を担当し、昔ながらの打刻式のタイムカードを集めて電卓で勤務時間を計算していた職場。受発注システムもファックスで紙に書いて送るという、実にアナログなやり方でした。

「アナログだったところから、勤怠管理や受発注をクラウドサービスに切り替えて、データ化しました。完全に移行するまでに5年くらいかかりましたね。特に、現場のDXに一番時間がかかりました」
しかし、こうした業務の変革には大きな反発も。父・嶢至さんは当時をこう振り返ります。
「現場の人たちは長年、紙とファックスで注文してきたので、急にパソコンで注文を入力しろと言われても慣れていない。だから、夜の仕事が終わったあとにまたその作業をするのはきついだろう、と。“現場代表と革新派の戦い”みたいになっていましたね」
最終的には父親が折れるかたちで徐々にデジタル化が実現。嶢至さんは「負けました」と笑いながらも、「次の世代のことを考えると必要。切り替えられて良かった」と語ります。
一方、“革新派”の森さんは、IT企業での経験が今に活きているのは間違いないと語るも、現場からの反発は「めちゃめちゃあった。自信もなくなった」と当時を振り返ります。「IT企業みたいに効率化しなきゃ」という発想に縛られ、変革の理由を現場目線で明確にできていなかったことが、反発を招いた要因でした。
「以前は『かっこいい会社にしたい』『ちゃんとした会社にしたい』という理由だけで変革を進めていました。でも今は違います。従業員の方と一緒に実際の業務を経験して、課題を一つずつ見つけていくようにしています。たとえば、アナログな発注システムのせいで料理長の退勤が遅くなっている、とか。それをデジタル化して発注の手間を省くなど、“誰かのためになる”改善だとを現場が実感できるようになってからは、変革を受け入れてもらえるようになりました」

そんなある日、森さんにとって大きな転機が訪れます。コロナ禍で取引先の飲食店が軒並み営業できなくなってしまったのです。卸販売が中心だった寿商店は売り上げが。そのとき森さんが考案したのが「鮮魚ボックス」という商品でした。
「市場で余っている魚を仕入れて、スーパーに買い物へ行けない家庭に届けようと思って。柵取りしたり、煮るだけ・揚げるだけの状態にしたりして詰め合わせたんです」
この新商品が異例の大ヒット。1日2,000件もの注文が入り、自宅待機していた職人さんたちも総動員するようになりました。そしてこのとき、森さんははじめて自分の判断で仕入れをするようになったのです。
「市場で取引先の業者さんが『今日はタイがこんなにあるんだけど、買ってくれない?』と私に直接声をかけてくれるようになったんです。はじめて『ちゃんとビジネスパートナーとして見てくれている』と実感しました」
「この会社、辞めよう」と考えている人へ
家業のDX化に成功し、市場でも認められた森さん。それでも、家族と一緒にはたらく難しさ、納得できないことも受け入れなければならないもどかしさから、これまで3度も会社を辞めようと考えたそうです。そんな日々を経験しながらも、今日まで家業ではたらき続けられた理由を、森さんはこう語ります。
「会社を辞めて次に何をしようか考えるたびに、やっぱり魚が好きだなって気付くんです。結局『魚にまつわる仕事をするなら、ここでいいじゃん』と、何度も同じ結論にたどり着いてしまって」
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そんな森さんに、「自分に合った仕事が分からない」「このまま今の仕事を続けていいのか不安」といった、はたらくことへのモヤモヤを抱える若者たちへのアドバイスを聞きました。
「難しいけど……やっぱり“自分で決めること”ですね。みんながやっているから、流行っているから、給料がいいから。そういうきっかけで選んでもいいとは思うんですけれど、最終的に“自分で決めた”ということを大事にしてほしい」
他人軸での選択では、壁にぶつかったときに「なんでこの仕事を選んだんだっけ?」と自分に問いかけても、答えが見つからない。だからどんな理由であれ「自分で選んだ」という事実を持つことが大切なのだと、森さんは語ります。
「それに、必要以上に悩まなくてもいいのかもしれません。モヤモヤや不安って、実際に行動してみると案外なくなるもの。だから、まずやってみる。『えいや!』とトライすることが、すごく大事だと思います」
迷いながらでも、一歩踏み出してみる。そして「私はこういう理由でこの道を選んだ」と自分なりの答えを持てたなら、その先の道は自然と開ける。森さんの歩みが、そのことを物語っています。

「自分のためだけにはたらくと、いい仕事はできないし、逆に『この仕事は誰のためになっているか』がイメージできると、仕事は楽しくなる。私は、入社したときより今のほうが何十万倍も仕事が楽しいです」
彼女の表情には、自分で選び、自分で歩んできた道の先で見つけた、たしかな“はたらく喜び”があふれていました。
「スタジオパーソル」編集部/文:間宮まさかず 編集:いしかわゆき、おのまり

