
指先にハチミツや水あめを少しつけて、ゆっくりと指を離してみます。
すると徐々に細長い糸を引き、最後にはすっと静かに切れていきます。
粘り気のある液体は「じわじわと変形して切れる」のであって、木の枝のように突然”折れる”ことはない――これは多くの人々にとって身近な常識です。
実際、室温にあるハチミツや水あめを扱っていて「パキッ」と折れたシーンに遭遇した人はほぼ皆無でしょう。
ところがアメリカのドレクセル大学(DU)と石油大手エクソンモービルの研究チームが、粘り気のある液体を十分な力で素早く引き伸ばすと、まるで金属の棒が折れるときのように大きな音を立てて突然破断する瞬間を、実験で捉えることに成功しました。
この発見は物理学で定評のある学術誌『Physical Review Letters』に2026年3月付で掲載され、流体力学の基礎を問い直すきっかけとなる結果として注目を集めています。
目次
- 「流れる」はずの液体が、突然”折れた”
- 鍵は「引っ張る速さ」だった
- 水でさえ固体のように「パキッ」となる可能性がみえてきた
- そういえば子供の頃に遊んだ「スライム」もブチッとなった
「流れる」はずの液体が、突然”折れた”

学校の理科で習うように、物質には固体・液体・気体という3つの状態があります。
固体は形が決まっていて、力を加えると割れたり折れたりする。
液体は形が決まっておらず、力を加えられるとじわじわと変形して流れる。
両者の違いは、小学生でも直感的に説明できるくらい、はっきりしているように見えます。
ところが研究チームは、タール状のねばねばした炭化水素を材料に液体の引っ張り試験を行っていた最中、予想もしなかった瞬間に立ち会います。
液体を両端から引き伸ばしていくと、普通は糸を引くように細くなっていくはずなのに、ある瞬間、液体が細く伸びきる前にまるで乾いた枝が折れるような大きな音を立てて、真っ二つに裂けたのです。
論文の筆頭著者であるタミレス・リマ博士は、当時の驚きをこう振り返っています。
液体からそんな音が出るはずがないので、最初は高価な実験装置のほうが壊れたのかと思った、と。
音の出どころが引き伸ばしていた液体そのものだったと気づくまで、しばらく時間がかかったといいます。
研究を率いるニコラス・アルヴァレス教授も、あまりに予想外の現象だったため、本当に現実に起きたことなのか確かめるために、同じ実験を何度も繰り返さざるを得なかったと語ります。
最終的に、1秒間に4万コマを撮影できる高速度カメラが捉えた映像の中に、金属の棒が折れるそれとほとんど変わらない「破断面」がはっきりと映っていたことで、研究者たちはこの現象が本物であると確信するに至りました。
鍵は「引っ張る速さ」だった

では、なぜ液体が固体のように折れるのでしょうか。
研究チームの分析が示したのは、決め手となっていたのが引っ張る速さだった、ということでした。
液体がゆっくり引き伸ばされる場合、液体の中の分子たちは互いの位置関係を少しずつズラしながら、加えられた力を「流れる」という形でうまく逃がすことができます。
たとえばハチミツをゆっくり引っ張れば内部の分子は絶え間なく手を離しては別の新しい分子とつなぎ直す、という動きを繰り返しすことになります。
そのため引っ張る力の多くは「分子の手の繋ぎなおし」の部分、つまり「流れ」に逃がすことができ、結果としてハチミツは細く糸を引くように伸び、ゆっくりと静かに切れるのです。
ここで大事なのは、分子たちが手をつなぎ替えるのにはほんのわずかな時間がかかるという点です。
普段私たちが液体を扱うときには、その時間は一瞬すぎて気にも留まりませんが、確かに存在する時間なのです。
ところが、引っ張る速度がある一定の限界を超えると、この状況ががらりと変わります。
液体をあまりにも速く引っ張ると、分子の手の繋ぎなおしをする余裕がなくなってしまいます。
本来なら流れて逃げたいのに、そのために必要な時間が与えられないため、分子たちは元の位置に強く引き留められ、どこにも動けなくなります。
こうなると、もう引っ張る力に耐えるのは「今あるその場を動けない分子同士の手つなぎ」だけです。
この状況では、引っ張る力が分子間のつながりが耐えられる限界を超えると、すべての「つながりの糸」が一斉にブチッと切れるといった、固体にみられる「折れ」が起きても不思議ではないでしょう。
(※ただ研究者は「一斉にブチッと切れる」という部分を本当に確定させるには、その瞬間をとらえる別の調査が必要だとも述べています)
さらにこの破断の瞬間には、細くなって静かに切れるという液体の常識的な姿はどこにもなく、鋭い破裂音とともに一瞬で勝負がつきます。
そして破断面もまた液体と思えないような形状であり、金属を折った時のように「かなり綺麗な割れ跡」のものや、金属を無理矢理伸ばしたときのように「引きちぎられた」感じのものになりました。
興味深いことに、この2つの壊れ方は固体材料の世界で「脆性破壊」と「延性破壊」と呼ばれる、昔からよく知られた2つのパターンそのものです。
液体が、まるで金属の教科書をなぞるようにして壊れていたことになります。

