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空間から粒子が出現する様子を初めて捉えた――真空のゆらぎから質量が生じる可能性

空間から粒子が出現する様子を初めて捉えた――真空のゆらぎから質量が生じる可能性

クォーク閉じ込め、質量の起源、量子もつれ、空間――4つの大問題に開いた扉

クォーク閉じ込め、質量の起源、量子もつれ、空間――4つの大問題に開いた扉
クォーク閉じ込め、質量の起源、量子もつれ、空間――4つの大問題に開いた扉 / Cre4dit:Canva

なぜこの実験が、それほど大きな意味を持つのでしょうか。

研究チームは論文のなかで、今回の発見がいくつもの大きな謎に新しい光を当てると述べています。

一つ目は、「クォークはなぜ独り歩きできないのか」という長年の謎です。

先ほどちらっと触れたように、クォークには不思議な掟があります。

それは、単独では決して存在できないというもの。

必ず仲間と手をつないで、ラムダ粒子や陽子といった”集団”の形でしか姿を見せないのです。

どうしてそんな決まりがあるのか。

なぜクォークたちは一人ぼっちになれないのか。

物理学者たちは長年この謎を追い続けてきましたが、決定的な答えはまだ出ていません。

ところが今回、研究チームはクォークが真空から飛び出し、仲間と手をつないでラムダ粒子になるまでの道のりを、スピンという手がかりで初めて追いかけることに成功しました。

“なぜ独り歩きできないのか”という謎を、その現場を追跡することで解きほぐす──そんな新しい道が開かれたのです。

二つ目は、「物の重さはどこから来ているのか」という意外な謎です。

あなたの体にある陽子や中性子は、三つのクォークで出来ています。

ところが驚くべきことに、クォーク三つ分の重さをすべて足し算しても、陽子全体の重さの1パーセントにも届きません。

2012年に質量を与えるとされたヒッグス粒子がかかるのも、この1パーセントの部分で残りの99パーセントは、材料のどこにも存在しないのです。

では、その膨大な質量はどこから来ているのか。

これは現代物理学でもまだ決着のついていない、最大級の謎のひとつです。

ただ有力な答えの1つとして、物質の重さの大半は、クォークが”真空という沸き立つ海”と触れあうことで生まれている──というものがありました。

ここで鍵になるのが、真空にクォークと反クォークのペアが大量に湧いては消えを繰り返している状態、物理学では「クォーク凝縮」と呼ばれる現象です。

このペアたちと触れあいながら動き回るクォークは、真空の波との絡まりで抵抗のようなものを受け、結果として重く振る舞います。

この凝縮が質量の起源を支えていると考えられてきましたが、実験で直接調べる手立てがなかったため、長らく理論の計算式のなかでしか語れませんでした。

今回の発見はその状況を変えました。 ストレンジクォーク対のスピンの揃い方を調べることで、この真空凝縮そのものを直接覗き込めることが、初めて示されたのです。

(※陽子の質量の起源は複雑で、クォーク凝縮、運動エネルギー、グルーオン場の働きなどが絡み合って生まれていると考えられています。クォーク凝縮はその一翼を担う重要な要素です)

ストレンジは、私たちの体の材料ではありません。

しかし、真空で起きている”絡まり合い”の性質はアップにもダウンにもストレンジにも共通して現れると考えられています。

ストレンジという”代表選手”を通じて真空の内部をのぞき込めるようになったということは、あなたの体重の99パーセントを支えている”見えない海”の正体にも、同じ手法で近づいていけることを意味するのです。

三つ目は、宇宙が生まれた瞬間を探るための新しい道具になります。

ビッグバンから、ほんの一兆分の一秒後。

宇宙は想像を絶する灼熱の状態にありました。

あまりに熱くて、クォークたちは仲間と手をつなぐ余裕もなく、自由に飛び回っていたと考えられています。

このとき、真空の性質は今とはまったく違っていたはずだ──物理学者たちはそう予想しています。

今回の研究で生まれた「スピンで追跡する手法」は、この宇宙最初期の真空の性質を調べるための新しい道具になります。

つまり、宇宙の始まりの瞬間を実験で再現し、その中身を探る手段が手に入ったのです。

四つ目は、量子もつれの新しい実験舞台が生まれたことです。

今回、二つの粒子が近くに飛んだときはスピンが揃っていたのに、遠くに離れると揃いが消えていました。

これは、一緒に生まれた双子の”目に見えない絆”が、離ればなれになる途中で少しずつほどけていったと解釈されます。

物理学ではこれを「量子もつれが解けていく過程」(量子デコヒーレンス)と呼び、量子コンピュータの研究でも中心的なテーマになっています。

興味深いのは、この量子的な絆が、実験室の精密な装置ではなく、”真空にエネルギーを叩き込む”というだけで自然に現れたことです。

これは見方を変えれば、真空という”何もないはずの場所”そのものが、量子的な絆を生み出す母体である可能性を示唆しているのかもしれません。

粒子物理学という”極小の世界の学問”と、量子情報科学という”未来のテクノロジー”が、今回のデータを通じて手を取り合う──そんな予感を感じさせる結果なのです。

専門家向け補足:この結果はどこまで言えるのか

今回の結果の核心は、STAR実験が直接見たものが「真空そのもの」でも「質量生成そのもの」でもなく、陽子どうしの衝突後に再構成された短距離のラムダ・反ラムダ対の相対偏極(relative polarization:2粒子のスピンのそろい具合)だという点です。

中心となる観測量は、崩壊後の陽子や反陽子の飛び方から元のスピン情報を引き出せる、ラムダ粒子特有の自己解析的な弱崩壊(self-analyzing weak decay:崩壊生成物の向きから親粒子のスピンを読める崩壊)を使って定められています。

著者らは、rapidity(ビーム方向の運動を表す変数)差とazimuthal angle(検出器を見下ろしたときの方位角)差が小さい、いわゆる短距離のラムダ・反ラムダ対でのみ正の相関を見いだし、その大きさをおよそ18パーセントと報告しています。

一方で、同種粒子どうしの組み合わせや、角度的に広く離れた組み合わせでは有意な相関は見えていません。したがって、この論文の新しさは、どの最終状態の組み合わせにだけ、初期状態の情報が残るのかを切り分けたことにあります。

著者らの解釈では、この信号はQCD真空(クォークとグルーオンを支配する理論が想定する真空)に由来する strange quark–antiquark pair(ストレンジクォークと反クォークの対)のスピン相関が、hadronization(クォークが複合粒子へ移る過程)を経たあとも完全には失われていないことを示唆する結果として位置づけられています。

論文中では、真空中の chiral condensate(クォーク対の凝縮状態)に由来する quark pair が spin-triplet(2つのスピンが平行にそろった状態)で生まれるという考え方を土台にし、その痕跡がラムダ・反ラムダ対に移っている可能性を論じています。

ただ実際に観測されたのはあくまで最終状態ハドロンのスピン相関であり、そこから初期のクォーク対の性質を逆算しているのです。

論文でも「高エネルギーの陽子どうしの衝突で、ラムダと反ラムダのあいだに正のスピン相関が見えた最初の証拠」というように表現しています。

それでもこの結果は、量子真空に由来すると解釈されるクォーク対のスピン相関が、実在粒子の観測量として現れうることを示す実験結果として位置づけるられるものです。

一方で最も大きな注意点は、feed-down(より重い粒子の崩壊から混ざってくる成分)の扱いです。論文では、測定されたラムダ・反ラムダ対のうち、両方とも一次生成とみなせるものは少数で、かなりの割合がより重い strange baryon(ストレンジバリオン:ストレンジクォークを含む重いバリオン)の崩壊由来だと見積もられています。

つまり、観測されたスピン相関は「きれいな一次生成ラムダ対」だけの信号ではなく、複数の起源が重なった結果です。著者らはこの点をモデル計算に折り込み、短距離領域では SU(6) model(古典的なクォーク模型)と整合的だと論じていますが、この一致はモデル依存の解釈を含んでいます。

とくに、ラムダのスピンを strange quark がどの程度担っているのかという問題は、今回の結果でかなり絞られたとはいえ、まだ完全に閉じたわけではありません。

また、著者らは別の起源候補にも一定の検討を加えています。たとえば、gluon splitting(グルーオンがクォーク対へ分かれる過程)については、測定した運動量範囲ではシミュレーション上の寄与が小さいとしていますし、hadronic final-state interaction(粒子が最後に出てくる直前の相互作用)についても、femtoscopic correlator(ごく短距離の最終状態相互作用を見る相関量)を用いて影響は小さいと論じています。

さらに、共通の生成面に対する単純な global polarization(全体的な偏極)では説明しにくいことも補足的に示されています。ただし、こうした除外は「すべての競合機構を最終的に片づけた」という意味ではありません。本論文は、どの機構がどの運動学領域で寄与しているかを今後さらに検討するための観測量を提示したものといえます。

とくに後半で論じられているのは、decoherence(デコヒーレンス:量子的なそろいが環境との相互作用で失われること)と entanglement(量子もつれ)の扱いです。

著者らは、粒子どうしの運動学的な分離が大きくなるにつれて相関が弱まることを、デコヒーレンスや他の相互作用機構の可能性と結びつけて議論しています。しかし同時に、相対偏極という一つの量だけでは、量子もつれの全体像までは決めきれないことも認めています。

論文中でも、より一般的な correlation tensor(相関の全成分を表す記述)に基づく解析や、feed-down の影響をさらに厳密に見積もる必要があるとされています。

したがって、今回の結果を「量子もつれの決定的観測」と書くのは強すぎます。より限定的には、ハドロン化の過程における量子的相関を実験的に議論できることを示した結果と表現できます。

最後に、この研究を mass generation(質量生成)や confinement(閉じ込め:クォークが単独で存在できない性質)の文脈でどう位置づけるかです。

今回の論文は、ハドロン質量の起源を直接解明したわけではありませんし、カイラル対称性の破れと閉じ込めの因果関係を最終的に決着させたわけでもありません。

一方で、これまで理論や格子計算で議論されがちだった問題に対して、最終状態のスピン相関という実験的な窓を与えたことは重要です。

この手法は今後、より高い運動量領域での gluon splitting の寄与の切り分けや、重イオン衝突での chiral symmetry restoration(カイラル対称性の回復)の探索にもつながりえます。

今回の成果は、未解決の問題に対して新しい実験的手法を与えた点に意義があります。

元論文

Measuring spin correlation between quarks during QCD confinement
https://doi.org/10.1038/s41586-025-09920-0

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部

配信元: ナゾロジー

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