永田町取材歴50年超の政治評論家・小林吉弥氏が「歴代総理とっておきの話」を初公開。今回は菅義偉(上)をお届けする。
会食より朝食…異例のコミュニケーション術
鳩山由紀夫、菅直人、そして民主党政権の“最終ランナー”となった野田佳彦の3首相は、いずれも党内の内紛、政策の行き詰まり、リーダーシップの欠如などで1人が約1年、わずか3年3カ月の間に惨たんたる結果を招き、政権に幕を降ろした。
野田は再選にわずかな望みを託して総選挙に臨んだが、結果は安倍晋三が総裁を務める自民党に大敗、その安倍が首相に指名され、平成19(2007)年9月に退陣して以来、5年ぶりの再登板となった。安倍の第2次政権発足は、平成24(2012)年12月である。
安倍は第1次政権での自らの失敗、さらには民主党政権の失敗を教訓とし、まずデフレ脱却で経済を刺激する策を取り、安定政権を築くことを政権戦略とした。やがて「官邸主導」の政策、人事を縦横に駆使、念願の「憲法改正」に道筋をつけることはできなかったが、「安保法制」などを成立させ、7年8カ月に及ぶ長期政権をまっとうした。
その安倍が健康不安を理由に首相を辞任したあと、元幹事長の石破茂、政調会長の岸田文雄、安倍内閣で官房長官を務めた菅義偉の3人による自民党総裁選が行われ、菅が大差をつけて圧勝し首相の座に就いた。令和2(2020)年9月である。
政治家にしては珍しく菅は酒をほとんど飲まず、秘書官らとの打ち合わせはもっぱらホテル内で、朝食のホットケーキをつまみながらという一風変わった首相の誕生だった。
【歴代総理とっておきの話】アーカイブ
派閥力学を読み切った“情報戦”の決着
さて、総裁選で菅が勝利したのは、旧田中(角栄)派でいやほど党内抗争を体験し、変幻自在の勝利へのノウハウを身に付けた二階俊博幹事長の「腕力」による部分が大きかった。当初、安倍の後継は石破と岸田の争いとみられていたが、情報通で鳴らした“くせ者”二階の暗躍により、菅が急浮上したのである。
「ポスト安倍」に有力視されていた石破、岸田を蹴落とし、「菅首相」への流れをつくった二階の“策”は次のようなものだったと、当時の二階派担当記者は打ち明けてくれた。
「まず、総裁選の行方を左右する実力者で、当時、事実上の最大派閥を抱える安倍と、第2派閥である麻生派の麻生太郎(副総理兼財務相)の動きを読んだ。
首相退陣を機に派閥を細田(博之)派に衣替えした安倍だが、麻生とは石破嫌いという“共通点”があった。一方で麻生派と岸田派は、もともと池田勇人元首相の名門派閥『宏池会』を源流としているものの、麻生はソリの合わぬ古賀誠元幹事長(岸田派名誉会長)が、派内に“にらみ”を利かせているのが気にくわなかった。安倍もまた古賀と合わずで、結局、二階は安倍、麻生が岸田擁立に逡巡があることを読み切った。
その後、二階の動きは素早かった。安倍政権の官房長官として新元号を発表した『令和おじさん』で、国民からの知名度が一気に高まっていたことも手伝い、『二階派としては次期総裁として菅氏を支持する』と表明、いち早く流れをつくってしまった」
かくて、世論も菅に傾き、ついにはもう一つの有力派閥である竹下(亘)派も、もはや流れに抗し難く、細田、麻生両派に次いで菅支持に回った。これにて勝負あったということである。
