古民家ダイニングを営む寺田ナズナは、とある青年に手紙を書きはじめる。
―― 24年前、17歳のナズナは、いつも同じ電車で見かける高校生・富久信介にひそかな想いを抱いていた。一方信介は、学校帰りに熱心にボクシングに通い、プロボクサーを目指していた。そして運命の日、2000年3月8日、信介は地下鉄脱線事故の犠牲となってしまう。
―― 2024年、残された信介の家族はナズナからの手紙を受け取る。その手紙の中に亡くなった息子の生きた証を確かに感じ、知り得なかった信介の在りし日の姿が明らかになっていく。24年の時を超え、一通の手紙が“奇跡”を起こす。
2000年に起きた地下鉄脱線事故で亡くなった実在の高校生・富久信介さんをモデルにした物語。『舟を編む』などで高い評価を得てきた石井裕也監督が脚本・編集も担当、主演に綾瀬はるかを迎えて、奇跡の映画化が実現する。
予告編制作会社バカ・ザ・バッカ代表の池ノ辺直子が映画大好きな業界の人たちと語り合う『映画は愛よ!』、今回は、『人はなぜラブレターを書くのか』の石井裕也監督に、本作品や映画への想いなどを伺いました。
「20年後のラブレター」から生まれた問い「人はなぜラブレターを書くのか」
池ノ辺 手応えはいかがですか。
石井 もちろんあるんですが、今回はそれを言語化するのが本当に難しいです。
池ノ辺 難しいというのは? 監督にとっては今までと違う感じですか。
石井 いつもはもうちょっとうまく言葉で説明できるんですけど‥‥。
池ノ辺 思い入れが強いとか?
石井 それはあるかもしれません。
池ノ辺 そもそも今回のお話を映画にしようと思ったのは、どういうきっかけだったんですか。
石井 最初のきっかけは「20年後のラブレター」という新聞記事を読んだことです。それを読んだ時、何と言いますか、他人事とは思えなかったんです。
池ノ辺 亡くなった富久信介さんは監督と同世代なんですよね。自分にも起こりうることだと?
石井 そうですね。富久さんに当時の自分を重ね合わせました。しかも、今は僕も人の親になりましたから、子どもを失うという親の気持ちもわかるようになった。ただ、この記事には大きな謎がありました。富久さんが亡くなられた20年後に、彼に思いを寄せていた女性がメッセージを送ったことです。その理由がどうしてもわからなくて、強く興味を引かれました。そもそも「ラブレターを書く」ということ自体も人間の行為としてすごく興味深いんですけど、それが20年後ですからね。なぜそのタイミングだったのかがすごく謎であり不思議でもあり、余計に惹きつけられたんです。
池ノ辺 その疑問は、映画化する段階で解けていったんですか。
石井 実は、実際に手紙を送った方に間接的に伺ったんです。でもその方はプライバシーの問題もあって「気持ちも素性もお答えしたくありません」ということでした。それでなおさら興味が膨らみまして。
池ノ辺 そうですよね。
石井 それで、「じゃあそのわからない部分を映画として創作していいですか」とお願いしたんです。最初は躊躇されていましたが、信介さんとそのご家族の為になるなら、富久信介さんの存在が残るのであればとご厚意で、許諾をいただけました。
池ノ辺 監督が「ラブレターを書く」行為に興味を持ったということが、今回の作品のタイトル、『人はなぜラブレターを書くのか』につながっているんでしょうか。
石井 そうです。それがとても不思議で、人間の奥深い行為に感じられたから。そして、タイトルになっているこの問いに対する答えは、あるようでない。実際、ラブレターを書くというのは、特に現代においてはすごく不合理というか、リスクの高い行為のような気がするんです。
池ノ辺 そうですね。
石井 でも、そうせざるを得なくなるという気持ちもどこかで理解できる。ふと感情が溢れ出してしまうことはありますから。はっきりとした答えのない問いかけを楽しむような映画にしたい、そういう思いもあってつけたタイトルではあります。
「音を聴く」「文字を書く」「ノートをめくる」‥‥身体感覚の意味するもの
池ノ辺 今回の作品では、音の効果をすごく大切にしてるんじゃないかと思ったんですが。
石井 いろんな時代のいろんな想いと世界を全部つなげていくというのが、今回の映画のテーマだったんです。けれど映像的な表現で「これとこれがこうつながっている」とやっていくと、やはり理屈になるというか、説明的になってしまう。でもそれが音響的な表現であれば、説明というよりは感覚的に観客の中に溶け込んでいくんじゃないかと思ったんです。音響設計で世界全体を統合させていくという演出意図はありました。
池ノ辺 時代背景という流れを音で表現するというのはもちろんですが、それが日常的な音であるからなおさら、生と死の分かれ道というところにつながっているという感覚がリアルに伝わってくる気がしました。
石井 その世界は、おそらく隣り合っている。生と死が交わったり交わらなかったりっていうのが世界で、それを感じることが人生なのかなと最近特に思うんです。すごく言葉にしづらい感覚ですし、観る人が気づいても気づかなくてもいいんですが、僕としてはそういう想いで作ったということです。
池ノ辺 それと、手書きで何かを伝えるという経験はそうそうないかもしれないし、大切なことだと思うんです。それだけの想いを費やしているわけですから、何か大きなものが動き出す、そういう力はあるだろうなと思いました。
石井 自分の書く字とか、書く言葉というのが、自分の気持ちを過不足なく正確に表せるものだとは思えないんですよ。
池ノ辺 わかります。
石井 でも大切なのは、書き手がその不完全性を痛感すること。それってすごく大事なことなんじゃないかと思うんです。おそらく、メールで打ち込んだ文字では、そういうふうには感じられないと思うんです。
池ノ辺 監督は脚本やプロットを書くときは手書きですか?
石井 僕はノートを常に持っていて、思いつきとか打ち合わせとかで、何かあればそこにメモしてます。
池ノ辺 そういうものがあると、メモの情報だけでなく、その時の自分の状況、心情といったものも文字でわかったりしますよね。
石井 そうなんです。でも一番のデメリットはデータとして残せないということです。
池ノ辺 「あの時のあれは何だっけ」というのも、一瞬で表示されるんじゃなくて、わざわざノートをめくって探さなきゃいけない。
石井 そういう行為は面倒ではありますが、面白さはあるかなと。
池ノ辺 大事な作業です。ところで監督はこれまでラブレターを書いたことありますか。
石井 リスク高めのはないですね (笑)。相手の気持ちもよくわからない中で「何日の何時に土手に来てください」みたいなかなり危ない、リスクの高いラブレターは、ちょっと性格的に書けないですね (笑)。
