アミノ酸が「文字のフリ」をしてDNAの鋳型になっていた

Drt3bの作業場を詳しく調べると、特定のアミノ酸が、本来そこにあるはずだった”お手本の文字”の代役を演じていたのです。
アミノ酸というのは、タンパク質を作る小さな部品のこと。
私たちの髪も筋肉もアミノ酸からできています。
Drt3bの中では、そのアミノ酸のうち2つが主役を演じていました。
ひとつは「グルタミン酸26番」。
このアミノ酸の先っぽの形が、ちょうどDNA塩基のAを呼び寄せるのにぴったりな形をしていたのです。
つまりDrt3bは、自分の体の中に偽物の”塩基”を仕込んでおいて、それを目印にして本物のAを引き寄せる、という荒業を身につけていました。
Aが置かれたあとは、今度は「アルギニン253番」という別のアミノ酸などが、次のCを呼び寄せる役目を担っていると考えられています。
こうしてアミノ酸たちが交代で主役を演じることで、「A→C→A→C→A→C……」という完璧な交互パターンが、延々と紡がれていくのです。
普通のポリメラーゼが「お手本を読んで写す翻訳機」だとすれば、Drt3bは、自分の体に”A用の彫り込み”と”C用の彫り込み”が刻まれた、手作りのスタンプのような存在なのです。
彫刻されたアミノ酸のパターンそのものが、塩基の並び順を決めている。
生命が「道具を削る」発想でDNA合成装置を作り上げた、とも言えるかもしれません。
ガオ博士の言葉が、この発見の本質を最もよく言い表しています。
「タンパク質そのものが、DNAの設計図として働いていたのです」
DNAを作るには核酸のお手本が絶対に必要、という長年の常識を、細菌はまるで当たり前のように覆していました。
なぜ細菌は、こんな変わった仕組みを身につけたのか

では、細菌はいったい何のために、こんな苦労をしてまで「GT・AC」の縞模様ひもを作るのでしょうか。
じつをいうと、この「なぜ」の部分は、まだ完全には解けていません。
ガオ博士自身、正直にそう認めています。
ただ、論文の中で研究者たちは、いくつかの有力な「こうだろう」という仮説を示しています。
いちばん有力視されているのが、「分子スポンジ」仮説です。
ファージが細菌に侵入してくるとき、ファージは自分が増えるために、細菌の中で特定のタンパク質を使います。
そこに、細菌があらかじめ作っておいた「GT・AC」の縞模様ひもが大量にあったらどうなるか。
ファージのタンパク質は、本来の仕事を忘れて、ダミーのひもにくっついて身動きが取れなくなる――そう研究者たちは推測しています。
例えるなら、泥棒が押し入ったときに、本物の金庫の前にニセ金庫を百個並べておくようなもの。
ファージがどれが本物か見分けている間に、時間を稼ぐ戦略です。
もうひとつの仮説は、「自爆スイッチ」のような働きをしているのではないか、という可能性です。
「GT・AC」の繰り返しは、ふつうのDNAとは違う奇妙な形を取りやすく、それが細菌の細胞内で「異常事態発生!」のサインとして認識される可能性があります。
感染した1匹が自ら命を絶つことで、仲間への感染拡大を食い止める――細菌の世界ではおなじみの、集団防衛の発想です。
実際、研究チームがDRT3の攻撃をすり抜けて生き残ったファージを調べたところ、全員が「ST61」という同じ遺伝子に変異を持っていました。
つまりDRT3は、少なくともT1というファージに対しては、ST61というタンパク質を見張っていて、それが現れたときに防衛モードに入る、慎重な見張り番だったのです。
「お手本なしでDNAを作る」という風変わりな技術を進化させるには、想像を絶する時間がかかったはずです。
それでも細菌がこの技を身につけたということは、それだけファージとの戦いが命がけだったことの証拠でもあるのでしょう。
ガオ博士は、こう締めくくっています。
「DRT3は、微生物世界のダークマターを再検討するきっかけと捉えるべきです」。
私たちがまだ知らない、教科書にない仕組みは、細菌の世界にまだまだ眠っているのかもしれません。
CRISPRがそうだったように、今回のDRT3もいつか、人間の技術として花開く日が来るかもしれません。
あなたの足元の土の中、胃の中、台所のスポンジの中にいる、あのちっぽけな細菌たちが、私たちの想像を超える知恵を隠しているのです。
元論文
Protein-templated synthesis of dinucleotide repeat DNA by an antiphage reverse transcriptase
https://doi.org/10.1126/science.aed1656
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部

