書類の一行目で決まる世界
高校を出てすぐ働き始めました。家にお金がなかったわけではありません。父が「女に学はいらない」という考えの人だったのです。当時は「早く自立できる」と自分を納得させていましたが、社会に出てから何度も壁にぶつかりました。
面接で「最終学歴は?」と聞かれるたびに、喉の奥がきゅっと詰まりました。能力ではなく経歴の一行目で判断される悔しさ。結婚後も、義母に「うちの息子にはもっと学のある人がよかった」と言われたことがあります。あの感覚だけは、息子に絶対味わわせたくないと心に決めていました。
目が曇るのはわかっていた
保育園のママたちが、ひそかに私のことを「面倒な人」と話しているのは知っていました。教育の話を振るたびに、相手の目がすっと曇るのがわかります。でも、他にどう関わればいいのかわからなかった。子どもの話をするとき、つい「将来のために」という言葉が口をついて出てしまうのです。
懇親会の帰り、彼女と二人きりになったとき、また同じ話を始めてしまいました。彼女が「学歴がすべてじゃないと思うけどな」と返したとき、頭ではわかっていました。正しいのは彼女のほうだと。
でも口から出たのは「それは恵まれてる人の言葉だよ」という、刺すような一言でした。
