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アンコウの「ちょうちん」は進化の起爆剤だった――種が増えるペースが3倍に

アンコウの「ちょうちん」は進化の起爆剤だった――種が増えるペースが3倍に

光は「釣り竿」だけではなく「ラブレター」でもあった

光は「釣り竿」だけではなく「ラブレター」だった
光は「釣り竿」だけではなく「ラブレター」だった / Credit:Canva

研究チームが注目したのは、オスの存在です。

深海アンコウのオスとメスは、体の大きさがまるで違います。

メスの体長が数十センチにもなるのに対し、オスはわずか数センチしかありません。

そのかわり、オスの目は体に不釣り合いなほど大きく、鼻の穴(嗅覚器官)も巨大に発達しています。

さらに驚くべきことに、一部の種ではオスはメスの体に永久にくっついて融合し、血液から栄養を受け取りながら、脳や内臓がほぼ退化して、最終的には精巣だけが残る存在になります。

ここで浮かび上がるのは、ある重大な疑問です。

広大な暗闇の中で、こんなに小さなオスは、いったいどうやってメスを見つけるのか?

マイレ氏とデイビス教授は、ここに1つの仮説を立てています。

メスの光る誘引器には、まわりの筋肉を収縮させて光を調節できる、小さな「窓のシャッター」のような構造が備わっています。

つまりメスは、ただ光を灯しているのではなく、光の点滅パターンで種固有のシグナルを送っている可能性がある。

大きな目を持つオスは、遠くからそのきらめきを察知し、巨大な鼻腔でメスが放つ化学物質(フェロモン)をかぎ分ける。

つまり、光る誘引器は「餌を釣る竿」であると同時に、暗闇の深海でオスに向けて送る「ラブレター」でもあったと考えられるのです。

注目すべきなのは、その先の展開です。

ここから先はまだ仮説ですが、おそらく、ちょっとした光り方の違いが「好みの分かれ目」になったと考えられます。

ある集団のメスがわずかに異なるリズムで光り、その光を好むオスだけが集まるようになれば、同じ海域にいても別の集団のメスとは交配しなくなっていきます。

こうした「光の好みによる住み分け」が繰り返されるうちに、それぞれの集団は遺伝的にも離れていき、やがて別々の種へと枝分かれしていった可能性があります。

つまり、光を手に入れたことで、アンコウは種が分かれやすい素地を自らの体に組み込んだのです。

ラブレターの「書式」にバリエーションが生まれるほど、種の枝分かれも起きやすくなる――研究チームはこの進化パターンを実際のデータから見いだしました。

種の増え方の速さ(多様化率)を統計モデルで比較した結果、光る誘引器を持つ系統は、動きだけで誘う機械式ルアーの系統に比べて、明らかに高い種分化率を示しました。

一方、機械式ルアーしか持たないグループでは、多様化率の上昇は見られませんでした。

研究チームはこの結果から、機械式ルアーは「餌とりだけに使う道具」であり、仲間どうしのコミュニケーションには関わっていないと結論づけています。

今回の研究に関わっていないサットン教授(フロリダ州ノバ・サウスイースタン大学)は、この発見をこう評しています。

「食べることも、子孫を残すことも必要だ。獲物と配偶者の両方を引き寄せることができる発光する誘引器の進化は、まさにこの二つの問題に対する洗練された解決策だ。」

「道具が通信も兼ねたとき、多様性が爆発する」

Credit: Matthew Davis

ここで一歩引いて、アンコウの進化が教えてくれる、もっと大きな構造について考えてみましょう。

アンコウの光る誘引器は、もともと餌を捕るための「武器」として進化しました。

しかし深海という極限環境に置かれたとき、その武器に、配偶者を見つけるための「通信装置」としての役割が加わりました。

そして兼用が進化した系統で、種の多様化が2〜3倍のペースに加速していました。

研究者たちは、同じパターンがハダカイワシ、ハチェットフィッシュ、ドラゴンフィッシュなど他の深海魚でも見られると指摘しています。

光を使って同種の仲間と「私はここにいる」と伝えるようになったグループは、いずれも多様化率が高いのです。

「道具が通信を兼ねると、種が爆発する」――この構造は、進化生物学の文脈を超えて、どこか聞き覚えがないでしょうか?

たとえば携帯電話は、もともと「声を遠くに届ける道具」でしたがカメラが載り、SNSと結びついて「自分を表現し、他者を見つける通信装置」に転用された瞬間、デバイスの多様性も、それを使う文化の多様性も、爆発的に増加しました。

あるいは、文字。

もともとは穀物の在庫を数えるための「記録の道具」でした。

しかし物語を書き、恋文を送り、法律を定めるための「通信の手段として使われるように」なったとき、人類の文化は爆発的に分岐しました。

「道具→通信→多様性の爆発」は、アンコウの深海でも、人間の文明でも、同じ抽象パターンをなぞっているように見えます。

もちろん、研究にはまだ解明されていない点が残されています。

メスの誘引器の精巧化がオスの感覚の特化を引き起こしたのか、それともオスの探知能力が「もっと目立つメスの誘引器」を選んだのかは、未解決のままです。

また、光を持つ種のエスカに存在する腺構造が、フェロモンを放出しているのか、それとも発光バクテリアの培養に関わっているのかもまだ分かっていません。

しかし、この研究が明らかにした構造は明快です。

サットン教授はこう問いかけます。

「真っ暗で、寒く、食料も乏しい。これ以上劣悪な環境は想像しがたい。それにもかかわらず、この魚の群れは他の魚とは比べ物にならないほど繁栄しているのです。」

その答えの一端が、今回の研究で見えてきました。

暗闇という「最も過酷な環境」で、1本の釣り竿を「食料確保」と「恋人探し」の両方に使えるよう進化させたアンコウたちは、その洗練された解決策のおかげで、現存するアンコウ約413種のうち43%を占めるまでに繁栄しています。

元論文

The Evolution of Lures in Anglerfishes (Acanthuriformes: Lophioidei): Investigating Nature’s Tackle Box
https://doi.org/10.1643/i2025018

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部

配信元: ナゾロジー

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