
イギリスのチェスター大学(University of Chester)などの研究チームが、マルハナバチのオス36匹とメスの働きバチ33匹、合計69匹を比べたところ、巣の中では何もしない「怠け者」として知られるオスバチが、初めて巣の外に出た際には働きバチの約2倍にあたる時間を動き回り「頭の切り替え」テストでは、オスのほうが間違いの回数が有意に少なかったのです。
いったいなぜ、巣の中では何もしないはずのオスバチが、働きバチよりも柔軟に振る舞えるのでしょうか?
研究内容の詳細は2026年4月10日に学術誌『Animal Cognition』にて公開されています。
目次
- 巣の中では「何もしない住人」のオスバチ
- 怠け者でも外に出ると豹変する
- 怠け者はなぜ柔軟な思考力を持つのか?
巣の中では「何もしない住人」のオスバチ

「集団の中に、明らかに働いていないメンバーがいる」
職場や学校で、そう感じた経験がある方もいるのではないでしょうか?
マルハナバチの巣にも、まさにそんな存在がいます。
マルハナバチのコロニーには3種類の住人がいます。巣を作り卵を産む「女王バチ」、掃除から育児、蜜集め、巣の防衛まであらゆる仕事をこなす「働きバチ(ワーカー)」、そしてオスバチ(ドローン)です。
働きバチは全員メスです。花粉を脚に付けて巣に持ち帰るための「花粉かご」という特別な構造を持ち、コロニーの命綱として日々飛び回っています。
一方のオスバチは巣の掃除をしません。
幼虫にエサをあげることもしません。
巣の温度調節にも参加しません。
外敵が来ても戦いません。
そもそもマルハナバチのオスには針がないので、戦うための武器すら持っていないのです。
そして採餌は働きバチの代名詞とも言える花粉集めですが、オスバチはこれも構造的に不可能です。
彼らの脚には花粉かごがついていません。
花粉を運ぶ体のつくりをそもそも持たずに生まれてきているのです。
では蜜はどうしているかというと、働きバチが集めてきた蜜を巣の中で飲んでいます。
自分では集めず、姉妹たちが汗水たらして(ハチに汗腺はありませんが)運んできた蜜を、ただ消費しているわけです。
もう一つ注目すべきは、オスが居候している時期は、コロニーにとって資源需要が高まりやすいタイミングでもあるということです。
なぜなら、この時期にはオスだけでなく次世代の女王候補(体が大きく、育てるのにエネルギーがかかる)も同時に生産されているからです。
つまり働きバチたちは、巣の将来を背負う女王候補を育てながら、その横でオスたちにも蜜を分け与えている状態なのです。
まとめると、こうなります。

人間社会に例えるなら、家計が一番苦しいときに家賃も食費も光熱費も全部きょうだいに払ってもらいながら、家事を一切せず、冷蔵庫の中身だけ消費している同居人――というところでしょうか。
しかも、この「居候生活」はそれなりに続きます。マルハナバチのオスは、コロニーがある程度成熟した夏の後半に生まれ、巣立ちまで一般に数日から2週間ほど巣の中で過ごすとされています。
その間ずっと、上の表の右側の状態です。
コロニー全体の寿命がだいたい数ヶ月ほどですから、この期間は決して短くありません。
では、なぜそんな怠け者が存在を許されているのか。
ここで注目すべきは、オスバチの巣立ちが「片道切符」だという点です。
オスバチのたった一つの役割は、別のコロニーの女王と交尾して、次の世代に命をつなぐこと。マルハナバチのコロニーは1年で崩壊しますから、翌年に遺伝子を届ける「最後のリレーランナー」がオスなのです。
では、巣の外に出たオスバチの実力はどれほどのものなのか――研究チームがこの疑問にどう切り込んだかを見ていきます。
怠け者でも外に出ると豹変する

チェスター大学のPizza Chow博士らの研究チームは、2つの問いを立てました。巣を初めて出たとき、オスとメスでどちらがよく動き回るのか。そして「ルールが途中で変わったとき」に、どちらが素早く対応できるのか――。
これまでの研究では、花の色と報酬を結びつける「連合学習能力(associative learning:ある手がかりと結果を結びつけて覚える力)」に関しては、オスもメスも同等であることが繰り返し示されていました。
つまり、巣の仕事はしなくても、記憶力そのものが劣っているわけではなかったのです。
しかし「すでに覚えたルールが突然変わったとき、どれだけ速く頭を切り替えられるか」という柔軟性(behavioural flexibility)については、ほとんど調べられていませんでした。
研究チームは、セイヨウオオマルハナバチ(Bombus terrestris)を対象に、3段階のテストを実施しました。
まず「活動性テスト」です。
10個の小部屋が仕切りでつながった細長い箱を用意し、巣から自分の意思で出てきたハチを1匹ずつ入れました。
仕切りの穴は自由にくぐり抜けられる仕組みで、ハチは好きなだけ動き回れます。
いわば、ハチにとっての「生まれて初めてのお出かけ」をそのまま観察したわけです。
結果は明快でした。
メスの活動時間の中央値が約5分だったのに対し、オスは約11分。
オスは働きバチのおよそ2倍の時間を新しい環境での活動に費やしていたのです。
面白いのは、その動き方です。
オスは1か所に長く居座っていたわけではありませんでした。
1回あたりの滞在時間はメスとほぼ同じなのに、訪れた部屋の回数がメスより有意に多かった。
つまり同じペースで、より多くの場所を巡回していたのです。
実際の野外では、巣立ち後のオスバチはあちこちにフェロモン(自分の匂い)を塗りながら飛び回り、女王バチを待ち受ける「パトロールルート」を作ることが知られています。
実験で見えた「より多くの場所を訪問する」という行動は、このパトロールの素地を反映しているのかもしれません。
この活動性の差は、体の大きさの違いでは説明できませんでした。
オスとメスの体サイズに統計的な差はなく、実験後に与えた砂糖水の摂取量にも差がなかったのです。
次に「連合学習テスト」です。
各部屋に青い花と黄色い花のペアを置き、片方には砂糖水(ごほうび)、もう片方にはただの水を1滴だけ載せました。
ハチがどちらの花に近づくかを観察し、「この色が当たり」と覚えるまでの間違いの回数を数えたのです。
「覚えた」と判定する基準は、10問中8問以上を2回連続で正解すること。
かなり厳しい合格ラインです。
このテストでは、オスとメスの成績に統計的な差は出ませんでした。
「オスバチは頭が悪い」という従来のイメージは、少なくとも色の学習に関しては当てはまらないことが改めて確認されたわけです。
しかし、この研究の本当の驚きは、この次のテストにありました。

