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ブラインドサッカーアジア選手権、激闘に秘められた3つの証言

ブラインドサッカーアジア選手権、激闘に秘められた3つの証言

4度目の日本開催を支えた人たち

男子準優勝、女子優勝という結果で幕を閉じたうめきた広場でのアジア選手権。同会場では3年連続の大会開催となり、日本代表の背中を押す舞台裏には、もう一つの物語があった。

日本で開催されたパラリンピック予選の中でも、2016年リオ大会の出場権を争った「IBSAブラインドサッカーアジア選手権2015」は、象徴的な大会のひとつだ。入場無料が多いパラスポーツ界において、前年の世界選手権に続く「有料制の興行」に踏み切り、多くの観客を動員。その実績が評価され、ブラインドサッカーが日本で根を下ろす転換点となった。

しかし、時は流れ、日本ブラインドサッカー協会の中で当時を知るスタッフはわずか1割程度。毎日の業務に追われる中、自国開催の招致に対して「現場の負担」を危惧し、必ずしも積極的ではないスタッフも少なくなかったという。それでも、さまざまな規模の大会を運営してきた同協会内では、自然発生的に「次はアジア選手権をやろう」という機運が高まり、招致へと動き出した。

大会運営委員長の日本ブラインドサッカー協会・宮島大輔氏

スタッフたちの理解と共感を得るため、時には監督やサポーター、元日本代表選手らを招き、アジア選手権がいかに大きな意義を持つかを直接語ってもらう場も設けた。こうしたプロセスを経て大会は作られていったのである。

宮島氏が思い描いていた「パラリンピックの出場権を決めたこの場所で、ロサンゼルス大会のパブリックビューイングを行う」という青写真は、あと一歩のところで夢に散った。しかし、男子日本代表は今大会で受け取った大声援を原動力に、次なるステージで必ずや「パラ行き」の切符を掴み取る。その覚悟は、もう決まっている。

text by Asuka Senaga
photo by X-1

配信元: パラサポWEB

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