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『プラダを着た悪魔2』 ストライク・ア・ポーズ、彼女たちの気品

『プラダを着た悪魔2』 ストライク・ア・ポーズ、彼女たちの気品

魔法のような高揚感に包まれる映画。2006年に公開された『プラダを着た悪魔』は、キャストやスタッフが驚くほどの大ヒット作になっただけでなく、時間の経過と共に影響力と重要性を増していく大きな作品になっていった。長い間アン・ハサウェイとメリル・ストリープは、続編の制作に消極的だったが、20年の時を経て、感動的な“リユニオン”を果たす。

『プラダを着た悪魔2』には、2006年から2026年の間に起こった時代の変化が積極的に取り込まれている。この映画は同時代を生きてきた人たちへ贈られた映画であり、次の世代へのバトンを託そうと、ランウェイをラストダンスするような映画だ。ミランダ、アンディ、エミリー、ナイジェル、彼女・彼たちのエレガントなスタイル=生き方で。

恋愛を主軸としない女性の映画

「彼女の顔は世界地図そのもの/分かるよね、そう、彼女は美しいんだ/彼女の周りは銀色に光り輝くプールのよう/周りにいる人たちはみんな彼女の恩恵を受けている」

「突然分かったんだ/これが私のなりたい姿だって」

(KTタンストール「Suddenly I See」)

女性が主人公の恋愛を主軸としないハリウッド大作映画。2006年に公開された『プラダを着た悪魔』には、ワンショットごとにファッションが変わっていく出勤シーンの、あの魔法のような画面の高揚感と共に、創作の自由と愉快な反逆性があった。脚本家のアライン・ブロッシュ・マッケンナには、ハリウッド的なロマンチックな結末を気にせずに書く自由が与えられた。前作はアンディという若い女性の“決断”をめぐる物語だ。男性同士が会話するシーンは、ほぼないに等しい。そしてアンディ (アン・ハサウェイ) の恋人になるネイトとクリスチャンという2人の男性は、彼女を通り過ぎていく存在にすぎない。学生時代を終え、どんどん変化していく有能なアンディに、男性陣は取り残されていく。アライン・ブロッシュ・マッケンナは、これまでのハリウッド映画で女性が担ってきた役割や、そのステレオタイプを意図的に反転させていた。たとえば多忙なアンディが、恋人のネイトの誕生日のディナーに間に合わないシーン。ネイトは拗ねてしまう。仕事に夢中なアンディを責め立ててしまう。このシーンは、従来のハリウッド映画における男女の役割を完全に反転させたものといえる。料理人のネイトは、アンディが間違った方向に進まないよう懸命につなぎとめようとしているように見えるが、その行為は同時に、恋人の輝かしい未来や野心を抑えつけるリスペクトのなさを示している。

前作の公開後、“ネイトは最悪な恋人”という論調が一部で盛り上がったのも、真っ当なことに思える。しかし学生時代のパートナーが、社会に進むにつれ、価値観のすれ違いを起こし離ればなれになることは、どこにでもある悲劇ともいえる。恋人たちは、まだ若かったのだ。続編において、ネイトは登場しない(ネイトを演じたエイドリアン・グレニアーは、『プラダを着た悪魔2』とスターバックスとのコラボCMで、「ネイトに乾杯!」とさわやかな姿を見せている)。ネイトを登場させるという案もあったようだが、既にジャーナリストとして独立した人生を歩んでいるハンサム・ウーマンであるアンディと、学生時代の恋人は、もはやほとんど関係がないという、アライン・ブロッシュ・マッケンナの意見は正しいように思える。

『プラダを着た悪魔2』でジャーナリストとして活躍するアンディの朝は、鏡の前でリップを塗るところから始まる。KTタンストールが歌う「Suddenly I See」が、映画のトーンを決定づけた前作の軽快なオープニングショットと同じだ。ただ決定的に違うのは、アンディが経験を積んだ大人の女性であることだ。カリスマ的なファッション界のアイコン、ミランダ・プリーストリー (メリル・ストリープ) のランウェイ社で初めて電話をとったときのような、あのドキドキするほど瑞々しいアンディはここにはいない (社会人を経験したことのある人なら誰でも共感することができる名シーンだった)。ジャーナリストになる夢を叶え、自信に溢れた一人の女性の姿がある。アンディは別のフィールドでリーダーシップを担っている女性の一人なのだ。続編に出演するにあたり、アン・ハサウェイはアライン・ブロッシュ・マッケンナにリクエストしている。アンディを子供のいない独身の女性として描いてほしいと。新たな家族を持つという選択をせず、世界中を冒険してきた女性が、再びミランダの元に戻ってくる。本作は人生のセカンドチャンスに関する物語ではなく、アンディは若い頃の野心を持ち続けている。前作のアンディが恋人のネイトや仲間たち以上に、ミランダと家族のような関係、母と娘のような関係を結んでいたことは、この物語を豊かにしている。キャリアを積んだアンディが、再びミランダの“娘”になる。


『プラダを着た悪魔』ディズニープラスで配信中© 2006 Twentieth Century Fox Film Corporation. All rights reserved.

再びミランダの“娘”になる

前作のアンディが、ハイブランドを纏い、ある意味“上流社会”に参加することの高揚感に包まれていたとするならば、『プラダを着た悪魔2』のアンディは、再びミランダの“娘”になることの高揚感に溢れている ( このシリーズのもう一人の“娘”であるエミリー (エミリー・ブラント) と再会するシーンの素晴らしさ! )。崇拝されると同時に、恐れられるカリスマ。登場するだけでオフィスにただならぬ緊張を走らせるミランダは、ランウェイという帝国の女王であり、いわば“魔女”のような存在でもあった。ミランダに質問することは許されない。「ザッツ・オール (以上)」という冷淡な口癖は、もはや伝統芸の域にある。メリル・ストリープは静かな口調で人を威圧させるミランダを演じるにあたり、クリント・イーストウッドなど、男性俳優の発声を参考にしていたという。“ガールボス”という概念の先駆者ともいえるミランダ。しかし前作の時点で、もしミランダが男性だったなら有能と讃えられるはずだと、アンディはフェアな立場で彼女を擁護していた。20年前、すべての騒動が終わった時、ミランダとアンディは昔の恋人を見つめるようにお互いに視線を送っていた。ミランダとアンディは母と娘のような関係であるだけでなく、特別なロマンスで結ばれた恋人関係のようでもある。そして『プラダを着た悪魔2』では、ミランダの人生がよりクローズアップされている。

ミランダのカリスマ性は変わらない。しかし、時代が大きく変わってきている。本作は2006年から2026年の間に起こった、人々の価値観の変化をリアルタイムな形で映画に取り入れている。アン・ハサウェイのもう一つのリクエストは、モデルのような細い体型の女性ばかりをキャスティングしないことだった。2026年のランウェイ社には、多国籍な人材が集まっている。様々な体型の従業員がいる。ここでは前作のアンディのように、「サイズ6」と体型を揶揄されることもない。新しいアシスタントたちは、アンディがいた頃の全盛期のランウェイを知らない。アンディがマーク・ジェイコブスの新作バックを気前よく友人にあげていた時代。若い頃から進歩的な女性に見えたアンディは、2026年のランウェイ社の雰囲気を歓迎しているようだ。同時に彼女の歩き方やアシスタントとの接し方は、あの頃のランウェイで働いた経験が決して無駄ではなかったことを感じさせてくれる。ファッションとほとんど無関係に生きているつもりでも、あなたの着る服は私たちの世界とつながっている。前作で“セルリアンブルー”の流行についてミランダの講釈を得た経験を、大人の女性として生きるアンディは既に血肉化させている。

前作の大ファンであるグレタ・ガーウィグは、「Vogue」誌でミランダのモデルとなったアナ・ウィンターとメリル・ストリープにインタビューしている。グレタ・ガーウィグが指摘しているように、このシリーズには“自分をどう見せるか”という大きなテーマがある。ミランダというキャラクター自体が、彼女が作り上げたもう一人の自分、社交的なペルソナともいえる。ミランダの期待に応えるため、前作のアンディはこの世界に自分を適応させていく必要があった。彼女の“変身”が、この業界への切符となったように、そこには衣装を纏うことによる陶酔感があった。戦いがあった。何より仕事に対する真剣さがあった。そして『プラダを着た悪魔2』は、ミランダのレガシーに関する映画である。彼女の真剣さ、卓越性の追求をどうやって次の世代へ引き継いでいくのか。

レガシーという文脈において、ミランダというキャラクターを伝説的な俳優ベティ・デイヴィスのイメージと重ねるグレタ・ガーウィグの指摘と、メリル・ストリープによる全面的な同意はリスペクトに満ちている。過去の偉大なアイコンたちが成し遂げたレガシーの系譜に自分たちの創作があることを、はっきりと自覚している。前作のパトリシア・フィールドから衣装デザインを引き継いだモリー・ロジャースは、『プラダを着た悪魔2』のアンディの衣装を『アニー・ホール』(1977) のダイアン・キートンとキャサリン・ヘプバーンを融合させたようなイメージと語っている。キャサリン・ヘプバーンの冒険者のような女性のイメージは、ジャーナリストとして世界中を旅してきたアンディと素晴らしいマリアージュを果たしている。そしてランウェイを去ったものの、いまだエッジな感性を失っていないエミリーのスタイリングは、衣装チームの全員が彼女を担当したいと願うほどだったという (自由な実験ができるため)。エミリー・ブラントの演技は、キャラクターのエッジと焦燥感、警戒心、脆さ、すべてを同時に感じさせてくれる。ミランダの2人の“娘”たち。前作の公開以後、アン・ハサウェイとエミリー・ブラントは、どちらもハリウッドを代表する俳優になった。エミリー・ブラントにとってアン・ハサウェイは、この業界で初めてできた友人だという。

配信元: otocoto

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