映画村の竜、リアべ号、撮影所への恩返し
高鳥 今年3月のリニューアルで東映太秦映画村から太秦映画村に名称が変わりましたが、そのタイミングで港町がなくなり、名物の竜もいなくなりました。
原口 あれは二代目ですよね。初代の竜は目が赤くて大きくて、大橋史典さんの造形なんです。夏とか天気がいいと、水の中にいても映っちゃう……それが撮影の邪魔だった(笑)。昔の映画村には特撮のミニチュアセットもあって、ちょっとショボいネッシーみたいなのがいて、それも大橋さんの造形でした。
▲映画村名物の竜、2026年の第1リニューアルオープンに伴って姿を消した
高鳥 うわぁ、見たかったです。たしかにオープン当時のパンフレットを見ると、本格的なミニチュアセットが載っていました。
原口 東映京都には、もうひとつ思い出があるんですよ。あるとき「ステージをきれいにして、CMでも使えるような貸しスタジオにしよう」と先々代の岡田裕介社長からお達しが出た。それでスタッフが大掃除をしてたらステージのホリゾントの裏から模型が発掘されて、自分のところに送られた写メを見ると『宇宙からのメッセージ』(78年)に出てきたリアベ号という宇宙船なんですよ(笑)。
高鳥 東映が誇るSF大作の模型がそんなところに!
原口 暗くてシルエットみたいな画像だけど、一発でわかって「これヤバい!」。そのリアベ号って、もともと映画村の資料館に展示されてたんですよ。それで樋口っちゃんたちと一緒にサルベージしようと京都に行ったら、もう撮影所長まで挨拶に出てきて大騒ぎ(笑)。で、第13ステージのホリゾントの裏にそのリアベ号があったんだけど、めちゃくちゃスキマが細いから樋口っちゃんは入れない(笑)。ぼくが無事に保護しました。
高鳥 いやぁ、いい話ですね。撮影所の倉庫には多数の小道具が保管されていますが、まさかステージの裏側にまであったとは思いませんでした。
▲東映京都撮影所の装飾倉庫
原口 『京都撮影所案内』という本にはスタッフたちの苦境や問題意識もしっかり残されていますが、前提として撮影所への愛着を感じます。
高鳥 そうですね。両撮影所のよさが一目で伝わる本にしようと思いました。近年は本数もやや増えて「時代劇ブーム」と報じられる機会もありますが、まだまだ気楽な状況ではない。せめてもの恩返しとして自分のできる後押しはしていきたい。伝統や文化……時代劇ってそういう堅苦しいカテゴライズをされがちですが、まずは質量ともに娯楽としての復権を望んでいます。
原口 たしかにそうですね。
高鳥 あらためて原口さんから見て、京都の撮影所はどのような場所ですか?
原口 現代劇も作ってますが、やっぱり時代劇が基準になっていて、時代劇が体に染みついてる人たちの集まりですよね。たとえば智ちゃん……山下智彦監督は映像京都の解散後、京都組を立ち上げてがんばってますし、大二も松竹で活躍している。以前は東京から監督を呼んで、京都の演出部が下につくケースが多かった。要はハコとスタッフだけ京都……そのジレンマがすごくあったみたいで、いま生え抜きのメンバーが監督や技師として活躍してるのはうれしいですよ。もっと彼らの時代劇が出てくるといいなと思います。
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というわけで、『京都撮影所案内』と『大映特撮写真集』にまつわるトークは、ここまでとなりました。その後も高鳥氏と原口氏の対話は止まらず、近くの居酒屋に移動して終電まで繰り広げられたとか。今回の記事が両書の新たな読者を生み出し、時代劇の活性化につながることを願っております!(立東舎編集部)
(執筆者: リットーミュージックと立東舎の中の人)
