「自分の短所のせいで生きづらい」と感じている患者と向き合い続けてきた精神科医・平光源氏は、そもそもの「短所の捉え方」について疑問を投げかける。坂本龍馬、スティーブ・ジョブスもADHD(注意欠陥・多動性障がい)だったと言われているが、それは果たして短所なのだろうか?
書籍『頑張れないんじゃない、頑張りすぎただけ』(サンマーク出版)より一部抜粋、再構成し、自分の特性との向き合い方について解説する。
人との違いが、あなたを特別にする
みなさんは、マイケル・フェルプスという水泳選手をご存じですか。
2008年のオリンピックで、8つという記録的な数の金メダルを獲得。生涯でみると28個のオリンピックメダルを獲得した「水泳の怪物」と呼ばれた方です。
マイケル・フェルプスは、幼稚園の頃から、椅子にじっと座っていられず、集中のできない子供でした。
5歳の時には、ADHD(注意欠陥・多動性障がい)と診断されたそうです。
診断を下した当時の医師は、「この子は一生何かに集中することはできないでしょう」とその障がいを否定的に母親に伝えました。
普通の母親ならここでショックを受けて、子供の人生を諦めるかもしれません。ただ、フェルプスの母親はそれを受け入れませんでした。
「この子は疑問に思ったことの答えを常に探し求めているために、エネルギッシュに動き回っていたの」と当時を振り返った母親の言葉が“それ”を物語っています。
母親はこの息子の有り余るエネルギーを何かに生かしたいと考え、水泳を習わせました。しかし、他の注意欠陥・多動性障がいの多くの子供がそうであるように、フェルプス少年は、水に顔をつけるのが好きではありませんでした。
彼の母親は諦めなかった
こうなると、かなりポジティブマインドを持つ母親でも、子供の人生を諦めるかもしれません。
それでも、彼の母親は諦めるどころか、「あら、顔を水につけるのが嫌なら、背泳ぎをすればいいじゃない」と言ったのです!
背泳ぎの楽しさに目覚めたフェルプスは、来る日も来る日もそればかりを練習し、気が付くと国内に敵がいなくなりました。
勝利する喜びを味わったフェルプスにとって、もう水が顔につくとかつかないとかはどうでもよくなり、他の種目でも頭角を現しました。
最終的にバタフライの世界記録を含め、オリンピック4大会連続金メダル獲得という偉業を成し遂げたのです。
よくこのマイケル・フェルプスの記事が紹介される時に「ADHDという障がいを乗り越えて」という枕詞が付きます。
ですが、私はその紹介の仕方は適切ではないと思っています。
なぜなら、ADHDは障がいではなく能力だからです。
長年の犬猿の仲である薩摩と長州に飛んでいき、薩長同盟を結び、明治維新の礎を築いた坂本龍馬もADHDだったと言われています。
コンピューターに興味を持ち、熱中し、世界の常識を変えるiPhoneを生み出したスティーブ・ジョブズもADHDです。
医学で言う「異常」とは、あくまでも基準値を決めて、そこから外れた部分のことです。
例えば規格外の体重で生まれた子供を「巨大児」と呼ぶなど、基準体重の範囲内であれば「正常」、外れたら「異常」として考える学問なのです。

