『知の設計図』は本物か

では、なぜ人類の知的好奇心にはこのような共通の“三分割パターン”が現れるのでしょうか。
研究チームはこの問いに対し、人間の認知的・心理的な特性が背景にある可能性を指摘しています。
つまり、人それぞれの「物事への興味の持ち方」に違いがあり、その違いが結果的に探究分野の選択に表れるのではないか、という考え方です。
例えば、抽象的な理論や論理的思考に強く惹かれる人は数学や哲学といった分野に興味を持ちやすく、観察や分類など地道な実証に魅力を感じる人は動植物や地理といった自然研究に向かい、人間の物語や倫理的な問いに心を動かされる人は歴史や神学など人文的な領域を志向しやすい──このように生得的な「知的好み」の違いが学者の興味分野を三者三様に導いているのかもしれないのです。
一方で、興味分野の組み合わせに見られるパターンすべてが先天的気質で決まるわけではないとも考えられます。
研究チームは、個人の認知スタイルと環境要因との相互作用も無視できないと述べています。
歴史上には特定の領域の研究がとりわけ盛んになる時代や場所がありました。
例えば大航海時代の17世紀オランダでは、海外探検の機会に恵まれたことで博物学(自然研究)の発展に弾みがつきました。
こうした環境上の要因により、ある時期には自然領域への好奇心が刺激されることもあったでしょう。
しかし興味深いことに、たとえ特定の領域が隆盛しても他の領域への関心が消えてしまうことはなく、どの時代・社会でも3つの領域すべてがしっかり存在感を保ち続けていたのです。
これはすなわち、知的好奇心の3本柱とも言うべき領域(人間・自然・抽象)は、環境が変われど常に人々を引き付ける普遍的な魅力を備えていることを示唆しています。
研究者たちは、こうしたパターンの一貫性は単なる偶然ではあり得ず、人間の好奇心には共通の基盤(アーキテクチャ)が存在する可能性が高いと指摘します。
まるで人類共通の「知の設計図」があるかのように、好奇心の向かう先には骨格のような枠組みが潜んでいるのかもしれません。
もちろん、この研究にはいくつか留意すべき点もあります。
扱った歴史データは完全ではなく、地域によって記録の量に偏りがあることは否めません。
また歴史上、記録に残った女性学者の数は極めて少なく(本研究のデータベースでも男性13,000人超に対し女性は144人のみ)、サンプルは必ずしも多様性を十分反映していません。
さらに「数学者」や「神学者」といった学問分野のカテゴリ自体が時代や文化によって意味合いが異なる可能性もあります。
しかし、そうした制約を踏まえてなお、今回明らかになった全体傾向の一貫性は注目に値すると研究者らは述べています。
偏りのある不完全な記録であっても、特定の興味の組み合わせが複数の世紀や大陸にまたがって繰り返し現れるという事実は、人類の好奇心の在り方に何らかの普遍的構造が存在する証拠だと考えられるからです。
今回の研究成果は、「人類の知的好奇心は骨格のような構造を持ち、時代や文化を超えて共通している」ことを大規模データで裏づけた事例としては、最も包括的な研究の一つと言えます。
研究チームは、今後さらなる研究によってこの仮説を深掘りしたいとしています。
例えば歴史的な文献本文をデジタル化して解析することで、当時の学者たちが具体的にどんな問いに興味を抱いていたかを詳しく調べることや、これまで見落とされがちだった女性・非欧州圏の知的貢献を記録し直すことなどが挙げられています。
メルシエ氏は将来について「研究者や科学者の動機が時代や文化によってどう変化するのか(あるいは変化しないのか)を、さらに深く理解していきたい」と展望を語っています。
人類共通の好奇心のパターンを解明することは、私たちが何を知り、なぜ知ろうとするのかという根源的な問いを考える上で大きな手がかりとなるに違いありません。
人が人である限り、自分たち自身(人間)と世界の仕組み(自然)、そしてそれらを超えた原理(抽象)――この三つへの探究心が、これからも私たちの知的冒険を支える不変の柱であり続けるのかもしれません。
元論文
The structure and evolution of scholarly interests from antiquity to the eighteenth century
https://doi.org/10.1007/s11192-025-05340-z
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部

