小、中学校でひどくいじめられていた50代男性。母親の再婚相手が怖くて学校を休むこともできず、1人で耐えていた。高校を卒業して義父の会社で働き始めると、人との会話もない軟禁状態を長く強いられて、幻聴、幻視まで見えるようになる。その後、32歳でコスプレに目覚めたことで、思いがけない方向に進むことになるが、一体何があったのか。(前後編の前編)
いじめられていたが義父が怖くて学校を休めない
園田明日香さん(53)という名前は本名だ。女の子を望んでいた実父が考えた明日香という名前を、そのまま長男である園田さんにつけたのだという。
「僕、小学6年生で身長が170cmあって、ひょろっとしていたんです。『なんだこの気持ち悪いの、明日香だからな』とかよく言われて、いじめの対象になったきっかけは、名前です。
ひたすら殴られてた。みんなやり慣れているからか、顔は狙ってこない。僕はバーンって叩かれると泣くし、適度に『やめて!』って反抗するから、サンドバッグみたいにされて」
つらい状況が続いたが、学校を休むことはできなかった。
実父の母親への暴力と浮気癖がひどく、小3のときに両親は離婚。小5で母親が再婚したのだが、園田さんは義父が怖かったからだ。
「義父とは折り合いが極めて悪くて、会話も成立しない。4歳下の弟と違って、僕が懐かなかったのが大きいかな。
学校に行かないと、義父に殺されると思うぐらい僕には怖かったので行くしかなかった。
先生にも話したけど対応してもらえなくて。自分がいじめられていることは親にも打ち明けることができなかったんです。
いじめられるストレスと寂しさからか、別に本当に刺すつもりじゃなかったけど、包丁を持ち出して弟を脅してしまったことがあった。それからはずっと弟とも険悪になってしまって。
家でも独りぼっち。ただただ寂しいだけでしたね」
僕をいじめていた4人は絶対許さない
中学に入ると、いじめはさらに酷くなった。小学校からのいじめっ子に新たなメンバーを加えた4人にボコボコに殴られるだけでなく、弁当を食べられる、靴は勝手に使われる、カバンがなくなる、財布がなくなる……。
「中学になるといじめられている子が、さらに下を見つけていじめるみたいな、よくない連鎖も起きて、僕も自分を守るために加担してしまったこともあったんです。だから、単にいじめられっ子と言い切れるかどうか……」
中学2年生になったある日、園田さんはショートケーキとレモンスカッシュを小遣いで買って、商業ビルの最上階に向かった。
「いじめっ子に殴られたので、彼が逃げる時に放り投げたカバンを持ち上げて、肩の高さからカバンを放り投げたら、中に入っていたカセットレコーダーが壊れたと言って、親族と一緒に家に怒鳴り込まれて。もう耐えられない、もう無理って。
1人で最後の晩餐をして、飛び降りようとしたんです。だけど、結局、怖くなって飛びきれなかった……。
自殺したいけどできないことがわかったから、それから毎日、『明日、目が覚めませんように』と言って寝るのが日課になりました。僕をいじめていた4人のことは絶対許さない。いつか殺してやりたいとずっと思っていましたよ」
その後、工業高校に進んだが、そこでも友だちはできなかった。
「自分が小、中学校でやられていたことを、気が付かないうちにマネして周りにやっていたんです。暴言が酷くて、『バカ、アホ、死ね、デブ』と接続詞に使っていた(笑)。
今考えるとメチャクチャですよね。そりゃ友だちが出来るわけがない。
でも、いじめられてないだけで、当時の僕は勝ち組だと思っていたんです。死ななくて済んだので、高校の学校選びに勝ったんだと思いました」
ハードな日々が続く中、唯一の逃げ場は中学のときに目覚めたアニメや漫画だった。
同じようにいじめられていた中学の友人から誘われて、高2のとき一緒にコスプレをしてコミックマーケットに行ったこともあった。
「コスプレすると知らない人とでも自分が話せるってことに驚いた。僕にはありえないことだったんで」

