
私たちは量子力学と日常世界を大きく隔てるのは、その奇妙さです。
現実では1つの物体が2つの場所に同時に存在することも、存在確率が雲のようにぼやけていることもありません。
私たちの日常世界では、量子力学の不思議がはぎ取られているからです。
では
「日常世界は、量子世界の『奇妙さのはぎ取り』でできている」
のならば
「量子世界は、何が『はぎ取られて』できているのでしょうか?」
フランスの国立情報学自動制御研究所(Inria)で行われた研究によって、量子世界のさらに上流にある世界の姿が数学的に示しされました。
研究ではその「深い世界」では、原因と結果の順番すら、まだはっきり決まっていないのだといいます。
量子の奥にはいったいどんな世界が広がっているのでしょうか?
研究内容の詳細は2026年4月14日に『Physical Review A』にて発表されました。
目次
- 量子力学は「世界の終着駅」ではない
- 上の世界に行くには「当たり前中の当たり前」を否定しなければならない
- 量子世界のさらに奥の現実を描く「QBox」理論
- 慎重さと、その先へ
量子力学は「世界の終着駅」ではない

量子力学よりも深い世界がある
量子力学は、本当によくできた理論です。
スマートフォンの半導体も、レーザーポインターも、GPS衛星の原子時計も、すべて量子力学があるから動いています。
100年近い実験で一度も外したことがない、人類が手にしたもっとも正確な物理理論のひとつ。
そう言って差し支えありません。
ところが、この最強の理論にも、じつは大きな弱点があります。
それは「重力」です。
たとえばブラックホールの中心、あるいは宇宙が誕生したばかりのころ。
重力がとてつもなく強い場面では、標準的な量子論と一般相対性理論をそのまま同時に使うことが難しくなるのです。
ですから、物理学者たちは長いあいだ、こう考えてきました。
「量子力学は、世界を説明し尽くす”最終理論”ではないのかもしれない。もっと深い、私たちがまだ知らない理論があって、量子力学はその”見えやすい一部”にすぎないのでは——?」
今回の論文の筆頭著者であるフランス国立情報学自動制御研究所(Inria)所属のジェームズ・ヘフォード氏も「量子論は宇宙全体を記述するものではありません。物理学における最大の課題のひとつは、量子論と重力の両方を記述する理論を構築することです」と述べています。
つまり今回の研究は、その「量子論よりも深い世界」を、数学を使って覗き込もうとした挑戦なのです。
上の世界から下の世界に行くには「はぎ取り」が起こる
量子の世界には、私たちの常識を超えた奇妙な性質があります。
代表的なのが「重ね合わせ」。
ひとつの粒子が、同時にあちらにもこちらにも存在している、という状態です。
シュレディンガーの猫の話を聞いたことがあるかもしれません。
生きていると同時に死んでいる猫。
これは思考実験ですが、ミクロの世界では似た重ね合わせが本当に起こります。
ところが、私たちが暮らす日常では、そんな奇妙なことは絶対に起こりません。
なぜでしょうか?
その答えがデコヒーレンスです。
量子の奇妙さが暴かれ、日常の世界の中で確定したように見える瞬間です。
人間による「観測」が有名ですが、それは氷山の一角に過ぎません。
周りの空気や光や熱と触れ合った瞬間など自然との関わり合いによっても、量子の奇妙さはどんどん外の世界へ漏れ出していき、私たちの手の届かないところへ広がってしまいます。
私たちの肉体が2つの場所に同時に出現する量子的なふるまいが「極めて難しい(理論的には不可能ではない)」のは、私たちの肉体を構成する分子が常に空気やお隣の細胞の分子などと触れ合い、量子の奇妙さがはぎ取り続けられているからです。
これがデコヒーレンスです。
量子の奇妙さが「私たちには読めなくなる」現象だと考えてください。
順番にしてみると、こんな流れになります。
「量子の世界➔量子の奇妙さのはぎ取り(デコヒーレンス)➔日常の世界」。
つまり「上流の世界に合った何かがはぎ取られて、下流のシンプルな世界が立ち上がる」という階段構造が、この宇宙にはたしかに存在しているということです。
そうなると「究極の理論」に届いていない量子力学に対しても、疑問が湧いてきます。
「古典世界(日常の世界)は、量子世界の『奇妙さのはぎ取り』でできている」
のならば
「量子世界そのものは、何が『はぎ取られて』できているのだろうか?」
この問いを、物理学者たちは長年あたためてきました。
量子力学もまた、もっと深い理論の「はぎ取り」が行われた結果なのではないか、と。
この仮想の深い理論を「ポスト量子理論」と呼びます。
そして量子世界から古典世界に起きたはぎ取りを「デコヒーレンス」と呼ぶのに対して、ポスト量子理論から量子力学への間に起きたはぎ取りを「ハイパーデコヒーレンス」と呼んでいます。
流れで言うと
ポスト量子理論
↓(さらに上流でのはぎ取り「ハイパーデコヒーレンス」)
量子力学
↓(はぎ取り「デコヒーレンス」)
日常世界
という階段構造です。
ところがこの道は、2018年に大きな壁にぶつかります。
上の世界に行くには「当たり前中の当たり前」を否定しなければならない

2018年リーとセルビーという二人の物理学者が、ある厳しい定理を証明しました。
彼らは理論の中で「もし上流の世界が「因果に縛られ」、なおかつ「全体像がひとつに決まる」ならば、そこからどんなに頑張ってはぎ取り(ハイパーデコヒーレンス)を行っても量子世界にはたどりつけない」ということを示しました。
つまり「もし上流世界が、量子論と同じくらいおとなしい(因果にも縛られ、もとの全体像も一通りに決まる)なら、そんな上流世界からはどうやっても量子論は生まれない」というわけです。
「奇妙な量子世界の上流世界はもっと奇妙だ」というのは、なんとなく予想がつきますが、彼らはそれを数学的に証明したわけです。
しかしここで問題が起こります。
後述のように因果のほうはどうにかなりましたが、「もとの全体像が1つ」というほうはかなり厄介だったのです。
私たちが知る通常の量子論では、この「もとの姿」は、本質的にひとつしか描けません。
これは量子的な存在確率の「ぼやけ」とはまた別の、量子論の数学的構造の根っこに組み込まれた性質です。
2人の人間が手元の情報から全体像を描くとして、それはだいたい同じものになります。
もちろん手元の情報が若干違うので完成した全体像は2人の間でちょっと歪んだりズレたりします。
しかしせいぜいその程度です。
「Aさんは”穏やかな草原”を、Bさんは”嵐の海”を、それぞれ別々に逆算してきた」——そんな、根っこから違うシーンへの「全体像のシフト」は、起こらないのです。
量子論の数学構造に組み込まれた「当たり前中の当たり前」の部分です。
しかし、より上流の世界にいくには、そんな当たり前の「はぎ取り」も起こり得なければなりません。
これはかなり強い制限でした。
そのため多くの研究者がこの壁の前で足を止めることになります。
「量子論の下に、もう一段ある」と信じてきた人たちの夢が、いったんはここで止まってしまうのです。

