離婚、深酒、そして中年の衰え。40代で人生の「どん底」を経験した一人の営業マンが、ある決断を機に劇的な変貌を遂げた。50代になった今、彼はあふれんばかりの活力と最高の仲間に囲まれ、人生のQOL(生活の質)を引き上げている。
孤立しがちな中高年クライシスをいかに乗り越え、いかにして男としての自信を取り戻したのか。しらぴょんこと白石進さんの飾らない人生哲学に迫る。
中年のおじさんが目覚めた瞬間
かつて“冴えない中年のおっさん”だった白石進さん。外食チェーンから、現在も勤める外資系医療機器メーカーの営業職に転職し、仕事の付き合いやプライベートで毎晩、何軒も「はしご酒」する日々を送っていた。白石さんは笑って振り返る。
「身長が172cmあるのですが、当時は体重が83kgまでいったかな。恥ずかしい話、この40代の頃は『昔、スポーツをやっていた、ガッチリした身体』のつもりでいたんです(笑)」
ダサい、イケてない――そんなふうには、これっぽっちも思っていなかった。だって白石さんは大学時代、体育教師を目指す課程に在籍し、アメリカンフットボールに明け暮れていたから。
当時の体型は、どちらかといえばスリムマッチョ。それが、月日が経つにつれ、みるみる「おじさん」化に突き進んだ。当人としては「引退したプロレスラー」の体型だったつもりだったのに……。
じつは白石さん、その少し前に離婚を経験している。そのショックから、しばらく酒に溺れた日々を送ってしまった。そんな折、たまたまスポーツジムの壁に、ある大会のポスターが貼られているのを目にした。
それは「ベストボディ・ジャパン(BEST BODY JAPAN、BBJ)」。健康美とバランスの取れた「細マッチョ」な肉体美を競う、日本最大級のボディコンテスト「BBJ」――。
「これ、年齢別だったら俺、全然いけんじゃん?」
そう安易に考え、自らの姿を鏡で見て仰天した。とてもじゃないが、そんな大会に出られる身体じゃない……。
それから白石さんは生まれ変わった。ベンチプレスに腹筋運動。「炭水化物を摂らなければ痩せるはず」。そう短絡的に考えた彼は、野菜、鶏むね肉だけをむさぼり食い続けた。誰にも相談せず、無茶苦茶な方法で、白石さんは自らを追い込んでいった。
「今だったら絶対にそんなやり方はしない(笑)。炭水化物も、筋肉をつくる上では大切ですから」(白石さん)
身体の変化が自信に変わる
無茶苦茶な方法であっても、苦行を続けていれば、みるみる肉体は締まっていく。3か月で12kg減量した。「BBJ」の書類選考も通過し本線出場しかし予選落ち、何度か挑戦するうちに予選通過をし決勝進出、最終的には入賞を果たした。
すると、同じ目標を目指す仲間たちとのつながりが生まれていった。白石さんは、仲間からトレーニングメニューのアドバイスを受けたり、相談に乗ってもらったりして、「ただ単に痩せる」やり方から「筋肉をつける」やり方へと移行させていった。それって、どんな方法ですか? 彼は教えてくれた。
「メニューは5種類あって、優先順位があるんです。週3回しかジムに行けない時には、このメニューとこのメニューをカットする、週4回の時はこれをやらない、というよう柔軟に」
そのメニューとは、こんな感じだ。
たとえば月曜日は「脚を鍛える日」。最もトレーニング時間が長く、内容もハードだが、週末に趣味で行くサーフィンに差し障りが少ないうちに、脚を早めに済ませてしまう。
火曜日は「胸の日」。水曜日は「肩」。木曜日に「背中」、金曜には「腕」――。
そんなふうに計画的に日々をこなすうち、白石さんの肉体は、現在の肉体になっていった。そしてついに、2024年、「JBBF日本マスターズ・男子ボディビル(50歳以上70kg以下級)」の大会で、白石さんは全国9位に輝いた。
ここまで外見が変わると、内面にも変化が生まれるのだろうか。「BBJに出場したい」という当初の目標が、しだいに「決勝に残りたい」「日本大会の出場権を獲得したい」という目標へと大きくなればなるほど、それに見合うように、身体もどんどん変わり、自信もついていった、と彼は振り返る。
「じつは私、仕事があまりできないんですよ(笑)。それで、プライベートまでもダメだったら、『ダメダメ人間』になっちゃう。『何か1つだけでもダメを消そう』と思った時、自分が夢中になれる方を現実化していった。それが正直なところです」(白石さん)
たとえ、自分より営業成績の良い同僚がいたとしても、もしかしたら人生は俺の方が楽しいかも知れない。クオリティ・オブ・ライフ(QOL)では負けない――。そんな思いが彼自身に生まれてくるにつれ、周囲との関係もスムーズになったように感じているという。
「あいつは管理職にもなってないけど、あんな生き方があってもいいのかなって思う人もちょこちょこいるみたいです。だから、あながち間違えてないのかな」(白石さん)

