“劇場型犯罪”と呼ばれたグリコ・森永事件(1985年)。いまなお、犯行グループの総員数、構成された集団に参加した者の素性や肩書、そして動機に至るまで未解明のままである。取材を通じて知り得た、些末なものを含めれば90説以上、重要参考人とされ捜査線上に挙がった線・人物・グループでは120項以上にものぼる、と語る松閣オルタ氏が、数多の諸説の中から、「裏取引説」について検証してみた。
『オカルト・クロニクル 暗黒録』より一部抜粋、再構成してお届けする。
裏取引成功説
グリコ・森永事件――114号と呼ばれた一連の事件に関して、“表面上”犯行グループは1円の利益も得られていない。
その一方かなりの経費と労力を費やしたことは疑いなく、その資金力も謎とされた。
そのひとつの“解”として、「実は脅迫した企業と裏取引していたのではないか」という憶測が生まれることとなる。
加えて実際にある企業が実際に裏取引に応じていた事実がノチに明らかになることで、この説が時効後も根強く囁かれる原因となってしまった。
裏取引に応じていたのは製菓大手のロッテである。同社は1985年9月に脅迫状を受け取り、極秘裏に3000万円を支払った。
が、それは模倣犯による脅迫であり、裏取引に味をしめた模倣犯が1年後に“おかわり”と再度金銭を要求したためロッテがようやく警察へ届け出、事が明るみに出た。
模倣犯はすぐに逮捕されたが、同業他社、特に森永が「自社のみならず食品業界、社会正義全体への挑戦」と社会に訴え、徹底抗戦、資金ショート寸前まで追い込まれた――という経緯を知る世間からは、「裏取引に応じていた」というロッテの経営判断・姿勢は社会から猛烈な批判を受けることになった。
余談にはなるが、諸説のなかに「ロッテ主犯説」なるものがあり、これは「当時、グリコや森永と覇を競う大企業だったロッテが犯行グループから狙われなかったから怪しい」という主旨のモノである。
だが、1985年2月の「毒入り菓子バラマキ」で21面相グループによってロッテ製品にも青酸を混入されており、決して「狙われなかった」ワケではない。
加えて(模倣犯と知ってか知らずかは判然としないが)脅迫に対し裏取引で応じていた事実そのものが、この「ロッテ主犯説」の荒唐無稽さを浮き彫りにしているように思われる。
ともかくも、犯行グループが「取引したで」と挑戦状や脅迫状で仄めかしたこともあり、「裏取引説」は各方面にて根強く囁かれ続けることになる。
その矢面に立たされたのはグリコだった。
本来、グリコは被害企業であり同情されるべき立場であるはずなのだが、グリコが一度犯行グループとの“裏取引”に応じようとした事実がその立場に負の影を落とすことになる。
1984年5月26日、グリコは長岡香料を経由した犯行グループからの指示を受け、警察に届けずに裏取引に応じようとした。
この時は犯行グループが動かず取引は不成立に終わっているが、その後も脅迫が続いたため結局手に負えないとしてグリコは再度警察を頼る流れとなった。
この“一度”がマズかった。
これ以後、やることなすこと「怪しい」と難癖をつけられ、そのたびに「裏取引はない」と釈明に追われることとなる。
“裏取引説”が囁かれ続けた15の根拠
とりあえず一度、グリコに限らず「裏取引説」全体の根拠などを整理してみよう。
①前述のとおり、グリコが一度裏取引に応じようとしたこと。
②前述のとおり、犯行グループが「取引したで」「◯億で話ついたで」と挑戦状などで誇示していること。
③時系列でも触れたが1984年6月24日、グリコが普段あまり使わない広告媒体である新聞に「ともこちゃん、ありがとう広告」を掲載、その僅か2日後に犯行グループからの「グリコ終結宣言」が届いたこと。これにより、その週末に控えていた株主総会が大過なく終わった――つまりはこの広告自体が犯行グループとの何らかの“合図”だったのではないか、という良からぬ憶測を招いた。
④グリコ鳥取工場が「グリコ終結宣言」以前に稼働を再開していたこと。
⑤「ありがとう広告」に関して、グリコ側は1か月前から準備していたと説明したこと。当時の事件記者曰く、「1か月前というと、 大久保会長が“このままでは3月期決算は50億円の減収”と発表、パートの3分の2を自宅待機としとるわけです。5月26日には、6月2日の取引を持ちかけた脅迫状も届いとる。そんな緊迫した時に、あの広告のことなど考えられますかな」と説明にまで疑問を抱かれた。
⑥のちに脅迫された森永でも犯行グループから③と同様の「ありがとう広告」を出すよう指示があったこと。森永は警察と連携して出稿したが、グリコは警察に相談することなく自主的に出していた――こと。
⑦犯行グループの「グリコ終結宣言」を何の疑いもなく受け入れ、工場の即時稼働を開始したこと。大阪府警の捜査員曰く「あんな一片の手紙だけで、グリコ側があれほど安心し切っているのは、どう考えてもわからない。納得しかねますよ」
⑧江崎社長が保護された際、グリコの大久保会長が駆けつけ、勝久社長と2人きりでの面談を要求。のちに“密談”と評される40分ほどの会談ののち、勝久社長の口が急に重くなり、一部捜査関係者には“密談”によって何らかの情報がもたらされたことによる「態度の硬化」に見えた。つまりは大久保会長が犯行グループと話をつけて、それを勝久社長に伝えたのではないか――という話。
⑨江崎社長を誘拐、監禁しておきながら、あっさり逃げられた――こと。つまりは逃げた、のではなく⑧の合意によって逃された――という憶測。
⑩「グリコ終結宣言」直後の株主総会に関西財界の超大物、松下幸之助翁が登場したこと。「松下さんが裏で話をつけたのではないか」という憶測を呼んだ(註記:ただし、幸之助翁は当時グリコの社外重役で、出席の要請はグリコサイドからだったという)。
⑪総会屋界隈、および永田町界隈で「グリコは裏取引した」という情報が流れていたこと。グリコは社長誘拐に際して5000万円を支払ったが、社長救出後は“約束”した金額を払わなかったため、催促の意味で放火などが行なわれた――という。支払った額は5億円ともいう噂があった。
⑫記者会見の際に、勝久社長がなぜかウソの答弁を行なっていたこと。犯行グループに脅迫テープの録音をさせられていたにもかかわらず、記者会見では「そういうことはなかった」と否定(註記:ただしこれは捜査関係者に口止めされていた可能性もあり、根拠とするには難。ちなみに兵庫県警捜査一課では供述との違いに疑問を持ったらしく、警察側による口止め指示が行なわれていたなら大阪府警ということになる)。
⑬(根拠としてはイマイチだが)監禁中の水防倉庫内、裸足であったはずの勝久社長が昇降した鉄製のハシゴに足跡の痕跡がなかったこと――つまり「実際は丁重な扱いを受けていたのではないか」という話。
⑭匿名ではあるが、複数企業の幹部が匿名で「実は支払った」と告白したこと。この“匿名告白”はいくつかの媒体で確認できるが、完全に匿名かつ時期も不明で裏の取りようがない。
⑮勝久社長の誘拐事件から間もない1984年4月、グリコが謎? の求人広告を出したこと。女性事務員を求める内容で、入社式の終わった直後に不自然だと勘ぐられた。一般的な資料では従業員数は1700人としているのにここでは2200人としているのを目ざとく指摘し、「金額などの暗号では?」と一部で憶測を生んだ。
と、おおむねこれらを根拠として「裏取引説」は時効後も根強く囁かれることとなった。
もちろんグリコや他企業は否定し続けている。
文/松閣オルタ

